第二章 泣くなシンタロー!今日も夕陽は赤いのだ

第09話 第二の男

わるもn

月曜日のヒーローパルテノンに、ショーに携わるスタッフとキャストが招集された。

休演日に集まるのは異例のことだ。
当然のことながら、今後についての招集だということは皆、察しがついていた。

ヒーローショーが行われているのは、土曜日と日曜日と祝日のみ。
平日も公演があるのは、そ夏休みやゴールデンウィーク、年末年始などの長い休みでファミリー層の動員が見込める時だけだ。
それ以外の平日は、基本的に休演日になっている。
そのため関係者たちは、平日にはドラマや映画などの撮影に借りだされることもよくある。
今日も現場の助っ人などで何人かの欠員はあったが、ほとんど皆が顔をそろえていた。

テラも時間通りに劇場にやって来た。
昨日の会議は中座、というより雲行きが怪しくなって逃げだしたのだったが、劇場を飛び出したそばから、当然ながら先のことは気になっていた。

階段状になっている客席の思い思いの場所に、点々と座るメンバーたちと挨拶を交わしながら、テラは大きな欠伸をするイノさんの背中を行き過ぎて、斜めひとつ前の席に着いた。

部下が巨大な脚立に乗って照明器具の調整をしているのを、客席から見上げつつ指示を出していたイノさんは、

「病院行ったか?」

折りたたんだスポーツ新聞で自分の肩をチョップしながらテラに聞く。

「俺が病院いくと具合悪くなるの知ってるだろ」

イノさんは持っていた缶コーヒーを一口飲んで、

「砂川の見舞いに病院に行かなくていいのかって聞いてるんだよ」

いくわけないっつの、そう吐き捨てると、テラはイノさんのスポーツ紙をぶんどる。

「見舞いは行った方がいいぞ。プリンもって。ワンランク上の」

「うるさいよ」

二人が減らず口を叩いていると、山際が笑みを浮かべながら一段高いメインステージに現れる。

ダウンステージへの階段を下って中央まで進み出ると、明るい声を響かせる。

「どうもみなさん。お休みのところ、わざわざ集まってもらって申し訳ない。これで大体全部かな?」

舞台の袖に立った名越が頷いたのを受けて、山際は続ける。

「えー。土曜日の砂川くんの怪我は大変な事でしたが、回復が見込めるとのことで、不幸中の幸いでした」

“不幸”という言葉がなんの曇りもなく広い場内に響く。



「我々もこれを教訓にして、より一層気を引き締め、より一層の安全策を取って、より良い舞台をお客様に届けたいと思います」

山際はひとつ咳払いをして、本題に入った。

「昨日の公演は急きょお休みになりました。そのことの後始末はこちらでやってますので、皆さんはご心配なく。まあでも、ずっとお休みというわけにもいきません。皆さんのメシの種でもありますからね」

この話の行く末に、ここにいる皆の生活が懸かっているのだ。

山際の言葉を息をつめて聞き入る一同。


テラだけは、新聞に視線を落としたままだ。


「それで、来週末の公演から再開することにします」

安堵と疑問でざわつく客席をそのままに、山際は続けた。

「ということで、新しいエクスレッド役をジェットさんから推薦してもらいました」

がさりと音を立てて、テラが新聞から顔をあげた。

山際の手招きで、上手の袖からきょろきょろしながら登場した若者に、テラだけでなく客席の人びとはひとり残らず怪訝な表情を浮かべる。自己紹介をうながされた若者は、唾を呑み込んで、

「百地真太郎(ももちしんたろう)と申します」

あまり感情の見えない、かぼそい声で言った。

「ピンマイクつけてやってよ」

ミツノリさんが周りの仲間に言って、小さな笑いが起きたあとも、客席のいたるところで、誰? さあな、といったささやきが漏れる。

客席最前列に座っていた米満が立ち上がって、後ろを見渡しながら声を張った。

「今年、うちに入った新人の百地くんです」

皆一瞬にして状況を理解したらしく、ささやきは怒号に変わった。

「おいおいおいっ」

「何だそれ!」

「無茶な事はやめてくれ!」

どうやら真太郎は、怒号の原因が自分だとわかっていないようで、表情には変わりなく、その視線はステージ、客席、そして天井へと、劇場スペース全体を眺めまわしている。

客席から、畳まれた新聞が掲げられてくるくると振られて、怒号が少しおさまった。

テラが新聞を持った手を降ろした。

そして、口を開いた。

「新人くんよォ」

客席に尻を向けて、トップステージを見上げている真太郎の背中はひ弱そうで、たとえ身長は満たしていたとしても、レッドの器には見えなかった。

「おいこら。新人。お前だ」

テラは決して怒っているわけではないが、普段から吠えるような声になることがある。そんな呼びかけにも真太郎は驚く様子がない。

「はい。なにか」


足先はステージ側に向け、上半身は客席側に、体をひねって斜めに立つその姿は、小ばかにしているように見えて、セフティチームの集団に混ざって座っていた水戸は、思わず立ち上がって鋭い声をあげる。

「お前、正面向けよ」

「正面ですか?」

と、もう一度客席に尻を向けて、ステージに対面する姿勢を取ろうとする真太郎に、

「違うって! 正面っていうのは俺たちがいる方だろうが」

「あーそうなんですか」

のほほんとした様子に、水戸はいっそうイラついて、テラの座っている方向を手で指し示しながら、

「あの人を誰だと思っているんだ?」

真太郎は黙っている。何かを考えているようには見えないので、水戸はもう一度、

「誰だか分かってて、そんな態度をとっているのか」

「誰ですか?」

「教えないね」

シュールな問答に、イノさんがコーヒーを吹き出しそうになる。

「おい、水戸」

テラは半笑いでいさめるが、水戸はいたって真剣のようだ。

「あー。わかりました」

調子っぱずれなリズムで真太郎が言うので、水戸も怒り声を忘れて、

「わかりましたって何がだ?」

「ヒバタツヒトさん、ですよね」