第二章 泣くなシンタロー!今日も夕陽は赤いのだ

第10話 Q.E.D.

わるもn

飛葉辰仁――。

それはテラの本名だ。

あっさり言い当てた真太郎に、水戸は動揺を隠せず、

「違う。はずれ」

と怒鳴るように言った。

「水戸ォ」

テラが子犬を叱るような声をだすので、水戸は、歯を食いしばって、

「貴様、なにヤツ」

と、つぶやくのだった。

それはどうやら先週、斬られ役の助っ人で二時間ものの時代劇に出た影響らしい。

イノさんが、ついに我慢できずにコーヒーを吹き出した。

「そうだ。俺は飛葉辰仁だ。なんだ、前に会ってたか?」

真太郎は首を振る。

「じゃあなんでだ」

「ネットで写真を見たんです」

「そんな筈はないだろ」

テラが目をひんむいて、その声が大きくなった。

「俺の顔写真なんか、ネットに上がってるわけない」

テラの声がまた吠え声になると、水戸も叫ぶように、

「テラさん、やっぱりこいつ、曲者です」

テラは真太郎を見据えた。

「どうして俺のこと分かった?」

少しの間、黙っていた真太郎は、

「じゃ、説明しますね」

その言葉にテラが頷くと、真太郎は、

「飛葉さん」

「テラでいい」

「じゃあテラさん。テラさんと一緒に座ってる人」

呼ばれたイノさんが自分の団子鼻に人差し指を押し当てると、

「その人は照明チームのリーダーですね」

「俺ァ出演者だけどな」

とぼけるイノさんに真太郎は眉一つ動かさずに、

「その体形でコスチュームを着るなんてありえませんから」

「デブって言われちまった」

イノさんのぼやきが聞こえていないのか、真太郎は続ける。

「さっきから照明を直してる人の事をずっと気にしてましたよね。でも、テラさんはぜんぜん照明を気にしてないので、照明の仕事じゃないと思いました。照明のリーダーさんの斜め後ろに座っているっていうことは、きっと同格か、それ以上の人かなと」

「俺の方が先輩だよなあ」

イノさんはテラにささやく。

「音響のスタッフさんじゃないというのもわかります。僕、この劇場には、よくショーを見に来てるんです」

その言葉に、硬く鋭い色の濃かった客席の空気は、わずかに和らいだ。

「ショーが終わって帰る時、出口に行く途中で、客席後ろのスタッフの作業ブースが見えます。そこにいる人たちの顔はだいたい覚えてしまいました。その中にテラさんの顔はなかったですから」

そこまで言ってからミツノリさんに視線を移して、

「さっき、マイクがどうとかって言ってましたから、きっと音響のリーダーの方ですよね。僕がいつも見ている下の方のブースは音響関係のブースってことですよね。いつも真ん中あたりで作業してますね」

ミツノリさんが右の口角をあげて肯定の表情を見せる。

「残るはコスチュームを着る出演者か、セフティさんということになると思います」

「へえ。セフティなんて言葉、知ってるのか」

イノさんが感心したように小声で言って口をすぼめる。

「出演者のリーダー格の人だとすると、ヒーローの年長の人は」

一瞬、目を泳がせた真太郎は小仏に目を止めて、

「小仏堅作さん」

急に名前を呼ばれた小仏が、しなをつくって座りなおす。

「特撮雑誌のバックナンバーに顔が載ってたんで、知ってます」

小仏は笑みを浮かべたまま、柔らかく会釈してからつぶやく。

「どうせあたしはバックナンバーよ」

「だからヒーロー側の年長の人では無いと思いました。セフティの年長の人はたぶん」

そう言いながら、前の座席の背もたれに足を投げ出している磯貝に目を止める。

「よくわかったな」

磯貝がその姿勢のまま、感心した声をあげる。

「セフティの皆さんは、暗い場所で作業するときに目立たないように、黒っぽい恰好をしてるって聞いてます」

「今日は俺、黒くねえよ。休みだからよ」

たしかに今日の磯貝は、明るい赤のジャンパーを羽織っていた。
ただしトレードマークのくたびれたキャップはいつも通り黒いままだ。

「靴下が黒かったんで」

言われて見れば、背もたれに投げ出した靴はジャンパーと合わせた赤なのに、靴からのぞくくるぶしを覆う靴下だけは、これから葬式にでもいくかのようだ。

「そういや俺、黒い靴下しか持ってねえや」

「そうなると」

磯貝からもう一度テラに視線を移す真太郎。

「悪役専門の『中の人』って、ネットに上がっている人の名前を憶えてたんです」

水戸は瞬きを忘れたのではないかと思えるほど真太郎を睨みつけている。

「つまり、消去法なんです。簡単なことです」

そう言って真太郎は、証明終わり。とばかりに小さく頭を下げた。

「誰か名探偵に座布団一枚やってくれ」

テラはそう言ってから、もう一度真太郎を見据えて、

「今のがお前さんの得意技か? そんなものはここじゃあ何の役にも立たないけどな」

「そうだぞ。このたわけ者、ちゃんとした得意技を見せてみやがれ」

水戸の叫びに真太郎はきょとんとしたまま、得意技? と聞き返す。

「マットとかミニトラとか必要だったら言えよ」

「ミニトラ?」

「よねみっちゃんよ。この坊や、アクションクルーだろ」

テラが感情を殺した淡々とした声でいう。客席最前列に座っていた米満は、テラがこんな喋り方をするときは心底あきれた時だとわかっているので、慌てて立ち上がって身振り手振りで、

「ミニトラっていうのはちっちゃいトランポリンのこと」

直径1メートルぐらいのわっかを作ってみせた。

「ミニトラいりません」

「じゃ、やって」

テラの声を合図に、真太郎は気をつけの姿勢になって、大きく息を吸いこんだ。

「行きます」

真太郎はぎゅっとこぶしを握った。一度気をつけしてから、ふんっ、と鼻をならして、両手を大きくつきだして交差させた。

テラは真剣な表情で、真太郎の動きを目で追っている。

イノさんは真太郎の動きがなにを意味しているかわかったようで、ふふっ、と笑い声を漏らした。テラは振り返って怪訝な顔をする。

イノさんと同じく、真太郎のアクションを理解した者は何人かいるようで、声を上げたり、手を叩いたりしている。

真太郎は両手をひいて肘を大きく曲げた。


そして、振りかぶった。

テラが身を乗り出した。