第二章 泣くなシンタロー!今日も夕陽は赤いのだ

第11話 これが必殺技だ

わるもn

真太郎がその両肘を曲げると、同時に、髪がふわりとなびいた。

そしてすぐに、どこからその大声がでたのかと思えるほどの、

「くれなーいっ!」

そう叫んで、右腕をつきだす。

と同時に、腰をわずかにグラウンドさせ、左ひざを曲げて宙に制止させる。
右手を大きく広げて、


「ファイター、参上!」

「いよっ」

イノさんがさも愉快そうに掛け声をかける。

真太郎が見せたのは、
シリーズ第一弾『秘密部隊5ッドファイター(ゴッドファイター)』のリーダー、紅ファイターの

〝名乗り〟

(歌舞伎の名乗り口上のような、お決まりの決めポーズ)のアクションポーズだった。

「全員揃って、5ッドファイター」

真太郎はそう叫んで、浮かせた足をどん! と音を立てて着地させる。
同時に右手をグッと引き寄せ、背筋を伸ばした。

伝説の初代レッドの名乗りは、かなりオリジナルに忠実なコピーだった。

「良く知ってるなァ、そんなもの」

イノさんが声を飛ばす。

「ネットに上がってるんです」

するとセフティの一団から、

「古代絶隊ジュラゲンジャーのレッドテラノ」

と、リクエストの声があがった。
テラとイノさんは反射的に声の方を鋭く見る。

「あー、それはちょっと、ごめんなさい」

真太郎は、今日初めての悔しそうな声を出す。

「あの辺の名乗りはネットを探してもなかなかないんです」

「そんなの切腹もんだぞ」

水戸が紅潮した声で叫ぶ。

「ジュラゲンジャーをできないなんてありえないぞ。古代絶隊ジュラゲンジャーは、テラさんが初めてレッドをやったシリーズなんだからなっ」

「水戸、お前少し黙れ」

テラに言われて水戸はしゅんとなる。

真太郎は、心底申し訳なさそうに、

「そうなんですね。じゃ、あの今度っ、必ず今度! DVD取り寄せてマスターしときます」

「エクスレッドやって」

とまた別のところから飛んできた声に、
あー、真太郎の顔がさっと曇る。

「ちょっとそれは、あんまりねえ」

あんまりってなんだ! できないってことか! 生意気なこと言ってるんじゃないぞ!
と怒号が飛ぶ。

「じゃあ名乗りの代わりに、僕のもう一つの“得意技”披露します。誰でもいいんで、シリーズのタイトルを言ってみてください」

舞台袖に視線が集まった。舞台監督の名越が手を上げているのだ。

「センチュリアン」

名越の思いがけないリクエストに、イノさんが思わずテラの顔を覗き込む。

テラは無表情だ。

真太郎が思案顔になる。

「ええと獣拳道センチュリアンですね」

そう言ってしばらく思案してから、

「はい、なんとなく。武器がダサいやつですよね」

テラのまゆがピリリとひきつった。

センチュリアンはテラが九回目のレッドに扮した作品だ。
イノさんが振り返ってそんなテラを面白そうに眺める。

「大丈夫です。いけます」

中空を見つめていた真太郎が客席に視線を戻し、

「シリーズ第十九弾、獣拳道センチュリアン主題歌、『ダッシュ! センチュリアン』行きます」

こぶしを握り締め、大きく息を吸って、

「だっしゅ だっしゅ だ だ だ だ だっしゅ」

ぱらぱらと手拍子が起きた。

ほとんど絶叫なので音程は外れて、お世辞にもうまいとはいえない。
のどが赤く張るほど声をはりあげた真太郎はげんこつを固く握って、

「ぼくらのまちに おちるかげ」

紅潮した額が上下する。だんだんと拍手が揃ってくる。一緒に声をあわせる者もいる。


「はしれ いそげ おいかけろ だっしゅ ぜんりょく きょうもゆけ」

ほとばしる汗は、飛び散ってきらきらとステージに降りそそぐ。

ステージ上には、真太郎のテンションか、乗っていく客席の視線か、それとも両方なのか、熱が集結してゆく。
しだいに皆が声をあげて、まもなく劇場全体の大合唱になっていった。

「はてのないみちをどこまでも~」

手拍子に加えて、どすんどすんと足踏みも始まった。

客席の振動がステージにも響いて、真太郎の唄はぐんぐん高揚してゆく。

まばらに座っていたメンバーたちが立ち上がって、通路に走り出て肩を組み、やけくそのように声をあわせて、

「だっしゅ だっしゅ だ だ だ だ だっしゅ せんちゅーりあーん ぼくらのなかま」

テラはポカンとしているが、周囲の客席はいつしか熱病のような興奮に包まれている。

唄の終了を待たずに、拍手と口笛が高い天井に響き渡って、誰かが次のリクエストを叫ぶ。

「ゼット・ワン!」

真太郎の顔が輝いた。

「ゼット・ワンですか、色恋沙汰がちょっとうるさかったですけどね」

と、なぜかそれが決まりのように、ひとこと辛口のコメントを口にしてから、

「じゃあ第三十弾、秘密編隊ゼット・ワン、いきます!」

すっかりガラガラ声になっているが、おかまいなしに唄う真太郎。

もはやステージと客席の境界はなくなっている。
盛り上がったメンバーたちがどんどんステージに上がっていって声を張り上げる。
狂ったように頭をバンキングする者や、病気のようにジャンプを繰り返しながら絶叫する者。

メインステージに立っていた真太郎は、弾き飛ばされるようにダウンステージに落ちて、メンバーたちとと入り混じって、なおも歌い続ける。

「なんだか盛り上がってよかったねえ!」

山際が隣の米満にどなった。
米満は、複雑な笑みを丁寧に返して、タオルハンカチで流れる汗をぬぐいながら、ふと、テラが座っていた席に目をやった。

いつの間にかテラの姿もイノさんの姿も見当たらなかった。

通路には、はしゃいだメンバーに蹴散らされたスポーツ新聞が、ぐったりと残されているだけだった。