第二章 泣くなシンタロー!今日も夕陽は赤いのだ

第12話 きびだんご

わるもn

通常、ヒーローパルテノンのショーはだいたい三か月ごとにリニューアルをする。
そのための稽古は一週間もないことが多いのだけれど、それはいつも気心がしれた同じメンバーで作っているからできることだ。

火曜日の昼すぎ。特別に組まれた稽古でメインステージにポツンと立った、ジャージ姿の百地真太郎の姿は、嵐の前の荒れる海にもまれる小舟に立った、一本のろうそくを思わせた。

午前中に、モモちゃんハム謹製『ビーフももジャーキー』の段ボール箱が三箱、ヒーローパルテノンの楽屋に運び込まれた。

それを遠巻きに見て囁きあうメンバーたち。
これを開けて食べた者が、真太郎を責任もって面倒見ることになるのでは、そう思えて誰も手を出せずにいるのだった。

「おはようさん」

集合時間をすこしすぎて、寝癖のついた頭で楽屋入りしたテラは、欠伸をしながら入ってくるやいなや、廊下の突き当たりに積み上げてある段ボールに、そのぎょろ目を吸い寄せた。

なんじゃこりゃあ、そう口に出した時にはすでにふたのガムテープをひっちゃぶくように開けてしまっている。

小袋をいくつか掴みとって、こわごわ見ている周囲の若手にポンポンと放り投げた。

反射的に受け取った若手たちが小袋を持て余しているうちに、テラはすでに袋をびりっと縦に裂いて、粗びき胡椒の粒の浮いたツヤツヤと濃厚なべっ甲色の大きな塊を丸ごと口に放り込んだ。
がっしりとした、たまらないビーフのエキスがたちまち口中に充満していく。

「どうしたんだこれ」

あまりの旨さに目をいつもの倍にひんむいたテラの声をきっかけに、若手たちは追従してスモーキーなうまみを堪能した。
テラが差し入れにまっさきに手をつけたことに笑みを確かにしながら、うまいっすね、最高っすねと、囁き合うのだった。

「こんなにあるなら、持って帰ってもいいよな? 気が利いてるよね。どこの差し入れだ」

上機嫌でラベルを見直したテラの顔から笑みがかき消えた。


ジャーキーの香気を吐き出しながら、奈落をくぐって出捌け口から飛びだすテラ。

メインステージに所存なく立った真太郎、客席のメンバーたちは、テラの登場に顔をあげた。

テラは半分に裂けたジャーキーのパッケージを真太郎に見せる。

「おいっ! モモちゃんハムって、お前、コレはもしかして」

「それ、うちのパパが、皆さんでって」

「あんた、それ食ったね」

小仏の意味ありげな問いかけに、がっしり口を閉じて首をふるテラ。後から駆け込んできた若手たちに気づいて、

「こいつらも食った」

しかし若手たちは一斉にテラを指差して、

「テラさんが一番最初に食べました」

「一番最初に飲み込んだのはテラさんです」

「一番おっきい塊を食べたのはテラさんだよなあ」

「すごくうまそうにしてました」

「てめえらあっ」

テラが怒鳴った同時に、濃厚なジャーキーの香気が口から鼻からあふれ出て、小仏の立っているところまでうまそうな匂いが漂ってきた。

「そうさね。あんたは食っちまったんだ。きびだんごを」

ため息をつく小仏に、目を白黒させてさらにかぶりをふるテラ。

「まあいいさ。あんただけにおっかぶせようなんて思ってないよ。もうやるっきゃないんだ」

今週土曜日の公演はすでに決定している。稽古は金曜日まで。
今日を入れてたったの四日で、ど素人の真太郎をレッドとして舞台に立たせなくてはいけない。

「よろしく、お願いします」

ぎこちなく頭を下げる真太郎に、言葉は見つからず、ジャーキーの匂いをふりまくしかないテラだった。

小仏が皆に届く声で言う。

「とりあえずは立ち回りだろうよ」

まずはレッドが武器として使う刀、〝レッドブレード〟を使って立ち回りの手を教えることになった。
若手の一人がレッドの役になって、クロガネショーグン役のテラと、立ち回りの見本を見せた。

「一回しかやらないからちゃんと見とけよボウズ」

合図と共に二人の動きがはじけるように始まった。
なんどかつばぜり合いを見せたあとは、容赦のない斬り合いだ。
それをブレードで受ける、転がる、のけぞって避ける。

「うっ」

「はあっ」

いつもは大音量のBGMとSEに消されてしまう呼気と気合、床を擦る《キュッキュッ》というシューズの音が、より一層の気迫を伝えてくる。

二人の動きはどんどん早くなってゆく。
しかしブレードが当たる音は一切しない。
ぶつかるぎりぎりのところで止めて、ブレード同士は当たっていないのだ。
ここに刃の合わさるSEが加われば、本気のバトルに見えるのは間違いない。

真太郎はサーカスでも見ているように瞬きも忘れ、ただ呆然と見ているのみだった。

体勢を崩したテラの喉もとで若手のブレードがぴたり止まって、アクションは終わった。

手が真っ赤になるのもかまわずに拍手を送る真太郎。

「なんかもう。す、すごいです」

うわごとのようにつぶやく真太郎にブレードを手渡す。

「ああ、これが本物のレッドブレード」

アイテムを捧げ持つ真太郎は、マニアの性か、心なしか目がうるんでいるようにも見える。

「いきなりうまくやろうなんて思わなくていい。とにかく慣れだ。やってみるぞ」

真剣なまなざしで構える真太郎を見据え、

「よーい、はい」

しかしまがりなりにもジェットの新人・・・の、はずだったが、
その認識が間違っていることをテラたちはすぐに思い知らされた。

テラが頭上でブレードを合わせようと振り上げると、真太郎はワンテンポずれて、結果テラが胴に一発入れられた。
次に胴に来るはずなのだが、またとっちらかって、頭をポカンとやられる。

「うぐぐ」

うずくまるテラに、こらえきれないオーディエンスの笑いが聞こえる。

「ああっ。ごめんなさい」

立ち上がって深く息を吐いて怒りをこらえる。

「分かった。じゃあ、今度はゆっくりだ。ゆっくーりやるからな」

「お願いしますっ」

まるでかたつむりでも相手にするように、ハイいーち、ハイにーい、かけ声をかけながら、ていねいにゆっくりやってみると、さすがに順番は間違えなくなってきた。

しかしどうにか形になっても、ほんの少しだけスピードをあげると、もうごちゃごちゃになってしまう。
またゆっくりイチからはじめる。それを何度も繰り返す。

「テラ、ちょっとテラよ」

小仏に何度も呼ばれて我にかえって手を止める。

「まずいよあんた」

「何が」

「もう二時間経ってる。こんなことやってたら間に合わないよ」

「嘘だろ」

呆然とするテラの背中から声が届く。いつの間にかイノさんが客席にいる。

「ボウズの順番と動きだけ先に固めちまって、あとはなんとかテラの方で動いて見せてくしかないんじゃねえか」

それはつまり、真太郎の構えと動きの順番だけをきちんと覚えこませ、テラの方が勝手にその動きに手を合わせてゆくという方法だ。

「ハイ、いーち、にー、さーん・・・」

テラの掛け声が、がらんとした劇場内にむなしく響く。

客席で見守っている面々にあくびが伝染してゆく。

それでもテラと真太郎はくりかえし動きを続けてゆく。
アクション用に軽く作ってあるブレードであるにもかかわらずどんどん重たくなってきて、手がしびれてくる。

限界が来た。腰をさすりながら顔をしかめて、

「ちょっと休憩いいか」

荒い息にとぎれとぎれにテラが言う。

「続けさせてください」

できないくせにやたらと熱心な真太郎が食いさがってくる。

「僕はまだまだ大丈夫です」

「バカ野郎、俺が大丈夫じゃないんだよっ。休んでる間に、今の動き、千回繰り返しとけ!」

それもそのはず、真太郎は手を数か所動かすだけだが、テラの方はその度にジャンプしたり、ぐるっと回ったり、屈んだりとものすごい消耗だ。

吐き捨てるようにそれだけ言うと、テラは這うようにメインステージへの階段を上がって、
口を開けた奈落に、そのまま「おっこち」て、モスグリーンのマットに身を沈め、深く目を閉じた。