第二章 泣くなシンタロー!今日も夕陽は赤いのだ

第13話 怪人が見る夢

わるもn

テラは怪人の姿でステージに立っていた。

ステージの上にはテラしかおらず、見渡せば客席はびっしりとちびっこで埋め尽くされている

テラは不思議な浮遊感を覚えながら、客席に降り立った。

客席のちびっこたちは、まばたきせずに凍りついている。
怪人の姿のままのテラは、ちびっこの顔をひとりひとり確かめてゆく。

誰かを探すように・・・。

突如、レッドがテラの目の前に立った。

レッドは右手を突き出し掌を広げ、テラを制止すると、そこまでだ。と声をあげた。

テラはぎょっとした。
その声はTV版のヒーローの声ではなくて、どうしてか、テラ本人の声なのだ。テラの声を出したレッドは、

―いくら探しても無駄だ―

そう言い放った。

言い返そうとしても言葉は出てこない。
レッドはテラの声でまた言った。

―ここにはいない。お前がずっと探している、お前の子供は、いくら探してもいないのだ―

諭すような声にあたりを見回すと、いつの間にか、客席は見果てることなく広がっていて、びっしりと埋まった椅子の一つ一つに、幼い、3才ぐらいだろうか、ちびっこたちが座っている。



ようやく声が出せそうになった。

「絶対に見つけてやる」

そう言ったつもりだったが、テラの口から出るのは言葉ではなく、うううう、おおおお、という怪物の吠え声だけだ。

怪物の唸りに、ちびっこたちが泣き叫びながら逃げてゆく。引き留めようにも、それはこぼれ落ちる砂のようにテラの前から消え失せてゆく・・・。

・・・マットのビニールカバーがひんやりと肌に吸いつく。

鼻腔をくすぐる香気に目を開けると、イノさんが両手にコーヒーカップを掲げて立っている。
奇妙な夢を、頭からふりきるように声をあげた。

「あのヤロウが千回終わらせねえと、おれ絶対練習再開しないかんね」

ぬるめのコーヒーをすするテラに、イノさんはさもあたりまえのように、

「千回終わったぜ」

手数×千なので、そんな簡単に終わるはずはなかった。

ウソだろ・・・。


つぶやきながらマットに乗ってジャンプすると、一瞬、メインステージに仰向けにぶっ倒れている真太郎が見えた。
着地すると同時に胡坐をかいて腕組みする。

「お前、大丈夫か」

イノさんが顔を覗き込む。
テラはそれには答えず、険しさの消えた顔で、

「一瞬、夢見てた。昔の・・・。なんだか久しぶりに見た気がする」

イノさんはすこしびっくりしたような顔をしてから、コーヒーをずず、とすすって、奈落の奥の暗闇に目をやった。

「おう、俺も昔のこと、思い出してたよ」

テラが怪訝な顔をすると、

「御大だよ」


テラがこの世界に入ったのはかれこれ三十年以上も前のことだ。

映画黄金期はとうの昔に過ぎ去っていたが、テレビ時代劇はまだまだ盛んだった。
黄金期を支えた大スターたちは、とりあえずまだ現役。とはいえ、かろうじて死んでないという意味の現役だ。

大御所のさらに上、イキガミ様扱いになったスター=御大が、新人だったテラが斬られ役として毎週斬り殺されていたテレビ時代劇にゲストで登場すると、現場は震え上がるほどにピリリとした。
が、いかんせん生きる化石なので何もかもゆっくりだ。
クライマックスの立ち回りを務めることになっても、刀を持つだけで精いっぱいの御大を豪傑に見せるには、斬られ役=カラミの者たちが頑張るしかない。

ぶるぶる震える刀を、のったりと移動させる御大の刀に触れた瞬間、「やられたあ」などと叫んで弾き飛ばされなくてはいけない。

しわしわの手に撫でられただけで「いてえ」泣き声をあげて背中からひっくり返らなくてはいけない。

切っ先がチョコンと触れただけで、「うがあ」と吠えて肩口をバッサリやられたように膝を落とし、ヨヨと崩れ落ちなくてはいけない。

テラはカラミとして、地球の物理法則を無視したアクションを、力のかぎりこなしたのだった。

あの頃は、そんな事ばっかりやっていた。

水に落ちれば、いかに派手に水しぶきをあげるか。

のたうち回れば、どれだけ激しく土ぼこりを立てることができるか。

口に含んだ血のりを、時に反吐のようにみじめに、時に霧のように美しくまき散らすか。

撮影所の俳優会館の三階から、地べたに積みかさねた布団に向かって繰り返し飛び降りる練習だって死ぬほどやった。
飛び降りる直前、撮影所を見わたせる高さの窓枠につかまると、見下ろすすべてが、自分のものになるかのように思えたものだ。
しかしすぐに、早くしろ。怖いのか。など仲間からどやしつけられるものだから、カッと血が昇って手を離す。
すると視界はすぐに狭まって、見えるものは灰色にひびの入った地面だけになり、あっという間にしみだらけの布団に身体が埋まっている。

一瞬、あの年増女の腰巻のように赤茶けた布団に顔をおしつけた時のカビ臭さが、鼻孔の奥底に蘇ってきた気がして、テラはコーヒーの香気を思い切りすいこむ。

「稽古再開するぞオっ」

奈落穴から響いたテラの大声で、真太郎がびくりと起き上がった。

いかんせん真太郎は身体の切れが抜群に悪かった。ブレードを持たせて動かしても、どうも恰好悪い。
ハリガネが折れたくねくね人形みたいだ。

またもイノさんが助け船を出す。

「ぼっちゃんよゥ」

「ぼっちゃんはやめてください。ぼっちゃんって、つまり、おぼっちゃまじゃないですか? それっておぼっちゃま育ちみたいでいやじゃないですか」

そう口をとがらす本人を見れば、身に着けたジャージも靴も、高そうなブランドものだ。
言っていることと恰好が矛盾していることにテラは拳を握りしめるが、イノさんはまったく気にしてないようだ。

「ぼっちゃんよ、昨日エクスレッドの名乗り、なんでやんなかった」

「いや、そのぉ・・・」

口ごもる真太郎。

「できるんだろ本当は」

まあ、と頷く真太郎。

「なんていうか、エクスレッドの名乗りはあんまり格好良くないっていうか」

ポカンと口をあけるイノさん。

「そもそも設定自体がねえ。誰の意見かは知りませんけど、あるじゃないですか。あの気に食わないラブ要素が」

テラも絶句している。

「ああいうの要りますっけ? レッドとピンクが微妙に惹かれあってるとか、そういうの誰が喜ぶんですか? 余計なんですよねえ。もっとストレートなのを見たいんですよねえ」

テラとイノさんが言葉を失っているのを、感心して聞いていると勘違いしているのか、真太郎はますます勢いづいて、

「だからですかねえ、そういう軟弱なキャラクターの影響なんですかねえ。それがあのなんだかどっちつかずの名乗りになってるかとおもうと、どうもねえ、合わないっていうんですか? 気が進まないんですよねえ」

久しぶりにイノさんが切れた。

「四の五の言ってないでやれ! どうせ土曜日にはやることになるんだ。今やれ、今見せろこのバカ野郎」

真太郎は仕方ない、とでもいった顔で、どん! 右足を前に出し、左足を下げ、

「えーくすぅ!」

左右の手をひろげて大きく回しながら首をひねる。

「れえええええっどお!」

へえ。思わず声をあげるテラ。砂川が小ばかにしながら、スカシまくってやっていたポーズよりもよほど勢いがあった。

エクスレッドの名乗りは、たしかに真太郎が言ったようにテレビではじめて披露された時から評判はよくなかった。しかし今みせたポーズはそれほど悪くは見えない。

なんというか、“魂”の、ようなもの、は感じられる。

「やりましたけどね。いちおう」

イノさんがへの字に曲げていた口を開く。

「ボクちゃんよゥ」

「だからぼっちゃんは・・・」

「いまはボクちゃんって言ったんだよ。意外とイケてるじゃないかよ。え」

そうですかね。と真太郎は表情を変えない。

「お前、ホントにヒーロー好きなんだな」

ぽつりと漏らしたテラに、真太郎は、

「あたり前じゃないですか」

つまらないこと聞かないでくださいとでも言いたげな顔で、にこりともせず真太郎は言うのだった。