第二章 泣くなシンタロー!今日も夕陽は赤いのだ

第15話 チャックをあげろ

わるもn

土曜日。

一週間ぶりの本番だが、舞台裏には異様に張り詰めた空気が充満している。

白いアンダーウエアに着替えた真太郎が、舞台袖の暗闇でじっとしゃがんでいる。

ふと顔を上げるとトッコーの梶やんが、黒目がちな瞳で見下ろしている。

あわてて立ち上がろうとする真太郎を手で制した梶やんは、

「いつもより効果(エフェクト)、派手めにしといてやっから。負けないように思い切ってやんな」

優しい言葉の中身とは裏腹に、投げやりな早口で言って歩き去っていった。

別の誰か近づいてくる気配に気づいて立ち上がる。小仏だ。

「わかってるだろうけど、みんなあんたの味方だからね。敵味方に分かれて戦うショーだけど、みんな味方だからね」

うなずいた真太郎の手を取って、小仏は奈落に連れてゆく。

奈落に降りると、テラたちが集まっていた。水戸がエクスレッドのコスチュームを持って立っている。

「おう、来たな。ボウヤ」

イノさんがくちゃくちゃとジャーキーの香気をまき散らしながら言う。

なぜかむすっとしている水戸の介錯で、レッドのコスチュームを着こんでゆく真太郎。

「テラよぉ、ボウヤのチャック上げてやれや」

イノさんは、今度は真太郎をボウヤと呼ぶことにしたらしい。

「え?」

チャックという言葉に反応して、思わず自分の股間を見る真太郎。

「違うぞボウヤ。アンダーにチャックなんかついてないだろ」

「おう、後ろ向け」

テラがぶっきらぼうにそう言って、真太郎がおどおどと背中を向けると、

「しゃんとしろ、しゃんと」

例のごとく吠えるような声をあげてから、なんで俺がお前のチャック係なんか、とぶつくさ言いながら、その口ぶりに似合わず、ゆっくり、そして丁寧に、真太郎の背中のジッパーを上げてやる。

じ・じじ・・・・・・・・


真太郎はじっと息をひそめて、テラの作業を背中で感じている。

上げ終えるとテラは、思いきり真太郎の背中を叩いた。

ゲホゲホせき込む真太郎。間髪入れずにそこにいる者全員が、真太郎の背中を思いっきり叩いていく。

「やめてくだゲホ、やめてゲホゲホ」

どうにか咳は収まったが、背中にぞくっとする感覚を覚えて振り返ると、どんよりと巨大な影がそびえている。水戸だった。

「お前、テラさんにチャック上げてもらえるなんて百年早いんだからなっ」

言うないなや、真太郎の背中にヒグマ並みの張り手をおみまいした。真太郎は吹っ飛んで奈落のマットに突っ伏した。どうやら水戸は、テラにチャックを上げてもらった真太郎に嫉妬しているらしい。

テラからヘルメットを受け取って、装着する。

「これで一応は、エクスレッドになったな。じゃ、名乗りやってみろ」

テラの命令に、真太郎は不満そうな響きで、

「やるんですか」

「やるんですか、じゃねえだろ」

ポコン。FRP製のヘルメットが音を立てる。

「手が痛えじゃねえかバカ野郎。とりあえずではあるが、お前がエクスレッドなんだよ。誰がなんと言おうと、今ここにエクスレッドはお前だけだ。お前が名乗らないで誰が名乗るんだよバカ野郎」

テラの言葉に納得したのかは分からないが、真太郎は気をつけをしてから、

「エークスゥ! レーエエーッド!」

叫んでポーズを取った。ガチガチに緊張していても、なぜかポーズだけは決まっていることにテラは苦笑しつつ、

「ま。いっか。それとな、今のうちは声だしてもかまわないけど、本番になったらしゃべるんじゃないぞ。イケメンのショーテープの声に、お前の情けない声が被ったら台無しだからな。とりあえずどうしたらいいか困ったら、黙ってそのアクションを繰り返しやるこったな」


場内はまずまずな入りだった。先週日曜日の突然の休演が動員に影響しているのかどうか、それは分からない。

観客にはレッドの交代は知られてはいない。今日を楽しみにやってきたチビッ子たちと付添いの大人たちの表情はいつもと同じに見える。まもなく場内の灯りが落ちてゆく。

不穏なBGMと共に、ショーがはじまった。
期待をあおるナレーションのあと、ツブテたちが客席通路に現れて、暗黒舞踊を思わせるおぞましい動きを見せつつ、チビッ子たちをさらおうとするのだ。恐怖に襲われたちびっこたちの悲鳴がそこらじゅうで湧き上がる。

「やめるんだあ!」

雄たけびが響きわたり、ツブテの動きが止まる。エクスレッドの声が場内にこだました。
同時に、勇ましいテーマ曲が大音響で場内に響きわたった。

五人の戦士がステージに踊り出るとチビッ子の悲鳴は歓声に代わる。

ヒーローに襲い掛かるツブテたち。それを次々と蹴散らしてゆくヒーローたち。

レッド真太郎はと言えば、パンチに力強さもスピードも全くないが、ツブテたちが見事にやられてくれるおかげでそれなりの迫力が見えている。

〝味方〟である敵のフォローを受けたレッド真太郎は、続いて本当の味方のフォローも受ける。ブルー、イエロー、グリーン、そしてピンクの小仏が、闘いながらかわりばんこにレッドと観客の間に入って、レッドを微妙に隠すかのようなフォーメーションを組んでいる。

主役を出し惜しみすることで、観客の飢餓感を煽るチラリズム作戦。小仏のアイディアだ。

ツブテたちの攻撃が少しおさまると、その合間を縫うように、五人それぞれがステージ上に点々と位置どって、順番に名乗りをあげてゆく。

「エクスグリーン!」

「エクスピンク!」

ヒーローたちの名乗りごとに拍手が巻き起こる。

「エクスイエロー!」

「エクスブルー!」

トリを飾るのは、真太郎のレッドだ。

「エクースッレーッド!」

最後に全員そろっての名乗り。

「超絶戦士エクスチェイサー」

拍手がいっそう大きくなる。

拍手を蹴散らかさんとするかのごとく、ツブテの攻撃が再開される。今度は劇場の高低差を利用したアクションだ。

注意深く見ていれば気づくが、レッド真太郎はメインステージよりも上にいくことはない。時折ダウンステージに降りて格闘してはまたメインステージへの階段を駆け上がってゆく。

トップステージからのおっこちも含めて、アクティブに戦うほかの四人のヒーローとは違う動きを見せているのが却ってレッドを引き立てているようにも見えなくもない。

グリーンはツブテと組み合ったまま奈落に落下して、観客の拍手を煽る。ピンクの小仏は相変わらず女らしい身のこなしだ。

やがて場内に雷鳴が響いた。不穏なBGMと共に、スモークがメインステージにあふれ、階段をベールのように覆いながらダウンステージに流れ込んでゆく。

「みんな、気をつけろっ」

煙で覆われたメインステージ床から突如現れたクロガネショーグン。地獄から飛び出したかのようなインパクトは抜群だ。

「ガフフフ。エクスチェイサーども、ツブテとのお遊びはおしまいよ。今度は俺様、クロガネショーグンが相手だ」

しょっぱなからクロガネショーグンはハイテンションな動きを見せる。落ち着いた響きの音声に違和感があるほどだ。

「クロガネショーグン、お前の好きにはさせない・・・勝負だあ!」

レッドの力いっぱいのセリフに負けじと、中身の真太郎も力いっぱいファイティングポーズをとっている、つもりなのだが、クロガネショーグンに向けたこぶしは下がり気味で、すっかり荒くなった息づかいに合わせて上下している。

客席のちびっ子たち、親達は誰も気づいていない。

しかし、ステージ上とブース、バックステージの誰もが察していた。

真太郎の体力が限界に近づいていることを・・・。