第二章 泣くなシンタロー!今日も夕陽は赤いのだ

第21話 ふたりでひとり

わるもn

無事に午前中の撮影は終わり、昼休憩になった。

真太郎がため息をつきながら、草原に突き出た岩に腰かけ、ロケ弁当の蓋に貼りついたごはんつぶを剥がしていると、小仏が野菜スティックの入ったタッパーを持って近づいてくる。

「いろいろ見たかい? 分かったかい?」

真太郎は深く何度も頷く。

「ショーと一番違うのは、変身前の人たちと変身後の人たちの二人一役が大事だって事ですね」

小仏はキュウリスティックを真太郎の口に突っ込みながら明るい声を出す。

「分かってるじゃないか。つまりバディだよ。バディ」

昼食の時も、素顔のヒーローたちは変身後を演じるクルーと一緒に食事をとっている者が多い。

「お前は、今度、スペシャルステージになったら、あそこにいる春原ちゃんと同じキャラクターのレッドだってお客さんに思わせなきゃ失格なんだよ。でも今のお前は、お前さんでしかない。ほんのひと月前にエクスレッドになったばっかりだしね。でも春原ちゃんは、春からかれこれ十か月近くレッドをやってるんだ。だからお前は、あの子に合わせなくっちゃいけないんだよ」

真太郎は大きく頷いた。

小仏は色あせてピンク色だったのが全くわからなくなった、タッパー入れの巾着袋を弄びつつ、昔から変わっていないであろう草原の現場を渡る風に目を閉じる。

「『忍術編隊シュリケンジャー』の時ね」

「シリーズ第二十一弾」

真太郎のフォローに小仏は軽く頷いて、

「あたしはモモケンジャーを演ったんだけど、変身前のモモをやってた娘がいのしし年で、まあ、こうでね」

と、手を目の横に添えて、視野が狭いの、と前に突き出すしぐさをする。

「とにかく撮影に入ると周りが見えなくなっちゃう娘で、なんだかあたしもそれにつられてストイックになっちやって、ずっと一緒にいたの。オフの時も、いっしょにバッティングセンターとか行ったりとか」

風がやむと、すかさず虫の声が耳に届く。

「ロケ中に、その娘は肘にけがをした。その時あたしは別現場にいたんだけど、ちょうど同じタイミングで肘に違和感があってね。その話をしたら、一心同体ねって笑ってたねあの娘は。バディを突き詰めると、そんなこともあるのかねって思ったよ」

小仏は目を細めながらそこまで話して、ふと我にかえったように、まあね、と続ける。

「大した話じゃないんだけどね」

テラが二人のところにやって来た。午後から撮影に入る予定の、ガンセキカーネルのコスチュームについて、現場と意見交換をしていたらしい。

「まいっちまったよ」

ぼやきながら自分の左目を指すテラ。

「こっち側はまあ問題なくみえるんだけどよ、こっちがよ」

と、右目を覆って、

「見えづらいんだなあ。今回のガンセキカーネルっていうキャラクターがさ」

「紗が入ってるんだろ」

レンズやプラスチック素材などで、目の部分が作られているキャラクターは、内部から外が覗える加工をするのは容易だ。
キャラクターによっては、目がデザインされていないものもいる。
その場合、演者の目に当たる部分に、外からわからないように小さなのぞき穴をあけて、そこを網状の紗幕で覆ってカバーをする。そうすることで外見上は目が存在しないように見えても、内側からはちゃんと表を見ることができるようになっているのだ。

「入ってるよもちろん。だけどな、右目周りのパーツの掘りが深いんだよ。普通に立ってても影が入って見えにくい。午後も日差し強そうだしなあ。まあ、なんとかするけど」

ロケ弁の蓋を引っぺがしながら手に枯草の上にテラがどっかと座る。

「本番になりゃ、なんとかすんのよこの人は」

黙って白めしをかっこんで、テラは真太郎の方を見もしないで、

「いろいろ見とけよバカ野郎」

口いっぱいにめしを詰め込みながら、もごもごと言う。

梶やんもロケ弁を持ってこっちにやってきた。スケジュールは切迫しているはずなのに、順調、順調、と言いながら岩場にどっかと腰を掛けた。

「ミオーっ」

小仏が遠くに声をかける。未緒がお茶のペットボトルを抱えて、関係者にお茶のお代わりを注いで回っているのだ。

「あんたね、メインどころがお茶くみなんてしなくていいんだよ。陽に焼けちゃうでしょうが」

やってきた未緒に小仏が口をとがらす。

「いやいやいや、午前中いろいろできなくて迷惑かけちゃいましたから」

「一番迷惑かけたのは!」

こいつだろ、とばかりに小仏、梶やん、テラが一斉に真太郎を指さす。

「なんせ見切れやがったんだ」

未緒は首をふって、

「私みたいな下っ端が働かないと。それに」

小仏に顔を近づけ、とっておきの打ち明け話をするかのように、

「こうやって回ってると、一人一人にご挨拶できるじゃないですか。ほら、お偉いさんとかにも」

うわあ、と小仏が声をあげる。

「出世するよあんたは。半年もすりゃ口きいてくれなくなるねこりゃ」

「そんなあ、私たち、スペシャルステージでバディじゃないですか」

小仏の背中に覆いかぶさる未緒。暑苦しいんだよと身をよじって離れようとする小仏だったが、未緒は、その胸がぎゅうっと押しつぶれるほど密着して、頬ずりまでする勢いだ。

真太郎は、この人ただのおっさんなんだよと口に出しそうになるのを我慢した。おねえキャラをこれほどうらやましいと思ったことはない。

スタッフたちが動き出した。

「撮影再開。ハイ支度、支度」

未緒をうながしつつ屈伸運動をはじめる小仏と、さてと、とつぶやいて腰をあげる梶やん。

信太郎はといえば、笑顔で頭下げて走って戻っていく未緒の後ろ姿を、ずっと目で追ってしまう。

それらを冷ややかに見つつ、テラは冷たい味噌汁を一気に飲み干した。

「兵隊のみなさーん、スタンバイお願いしまーす!」

助監督の声が響く。

いよいよ兵隊役、ツブテに扮した真太郎の出番だ。

頭でっかちフォルムの、ツブテのコスチュームを着るのは初めてだ。岩石を模した頭の部分はことのほか重い。
ショーではカラミ役の先輩たちが、この姿でいとも軽々と、簡単そうにアクションをこなしていたのだ。真太郎は改めて先輩諸氏の実力を思い知った。

助監督にコスチュームの背中のチャックを上げてもらって、背筋が伸びる思いだったが、あいにくツブテは前かがみのスタイルが基本だ。もっと腰をまげろよと他のツブテに注意された。

コスチュームの中にしつらえてある、目視用のスリットごしに、離れた丘に立つテラが見えた。

懐かしい場所に立って、思い出でも噛みしめているのだろうか。テラはまだコスチュームをつけない状態で、ゆっくりとそこを何度も行ったり来たりしはじめる。

それからいったん離れては、そこまで駆け上がったり、その場でジャンプしてみたり、手をついて体勢を低くして移動してみたりと、奇妙な動きを続けていると思えば、ふと動きを止めて、腰に手をやって、目をつぶって立ち尽くす姿もある。それは真太郎を指導する時もあった、黙考しているようにも、痛みに耐えているようにも見える姿だ。

「よォーい。スタットおーッ!」

監督が叫ぶ。素顔のヒーローたちが岩場をダッシュする。

岩陰から次々飛び出して襲い掛かるツブテの一人は真太郎だ。

敵味方入り乱れてのアクション。アクション監督が段取りをつけた殺陣で、未緒とツブテ真太郎が戦う場面ができていた。そのせいで真太郎は余計に気合が入っている。未緒も真剣だが、アクションはまだまだ未熟だ。

未緒の演じるイズモ・ユウキは足技が得意のキャラクター設定らしく、繰り出す長い脚のキックがあるのだが、アクションは受ける側が上手くないと決まらない。

真太郎はまだうまく受けとめることができない。呼吸が合わないのか、どちらかが下手なのか、どちらとも下手なのか、贔屓目に見ても、未緒の技が決まっているようには見えない。

「カットォ」

監督がヘボなツブテを怒鳴りつけようとした瞬間、
その反対側から、おい! と声がかかった。

真太郎ツブテの横で戦っていた別のツブテがぐい、とツブテ真太郎のでかい頭部を、爪の長い怪物の両手で引き寄せる。

興奮しているのか、とっさの距離感がつかみにくいのか、二体のツブテは、おでことおでこがぶつかっている。見ようによってはおでこ同士で熱でもはかり合っているように見える。

しかし、真太郎ツブテを睨むもうひとりのツブテは真剣だった。
頭部の奥底から、甲高い声が響いてくる。

「キサマよォどこの所属なんだヨォオイ。言えよゥこのヤロウ」

キンキン声のツブテは、かなりの剣幕だ。どうやらこの撮影で、ツブテ全体を取りまとめるリーダー的な存在らしい。先んじてこのキンキンツブテが爆発したおかげで、爆発寸前だった監督は口をつぐんだ。

真太郎ツブテの頭部から、もごもご声が漏れてくる。

「えと・・・ジェットアクショングループです」

「やァーーー? ジェットだとォ」