第二章 泣くなシンタロー!今日も夕陽は赤いのだ

第22話 男たちの技

わるもn

声をはりあげたキンキンツブテのオクターブがいっそう上がる。

「キサマがジェットなんてことあるかィや? ほんまにジェットかいな」

上半身全て折り曲げてコックリ頷く真太郎ツブテ。

「ケーッ、なんじゃい。ジェットも落ちたもんだや。なあ」

二人を取り囲んだツブテたちが身体をゆすった。

うひひひひ!


真太郎はバケモノたちがあざ笑う声をリアルに聞いたように感じて、着ぐるみの中で身震いした。

プリーステス・マグマの姿になった小仏が走ってきた。

「すいません、オミさん! こいつは、ウチの新人なんです」

「こぼさんよォ、ジェットって言ったらよォ、速い、高い、かっちょええの三拍子だろうがよゥ、それがなによゥ、こんな奴、ええ?」

小仏は、心底申し訳ないと思ったか、マスクを外して殊勝な素顔を見せた。

「ほんとに、まだ修行中の身で、現場に出すのはまだまだ早いんですけど。どうしても経験させておきたかったんです。ちゃんと話通してないで、ほんとにすみません。ご面倒かけます。そしてどうか面倒を見てもらえないでしょうか」

オミさんと呼ばれたツブテは、大きな頭の中で、ハァーー、と声を出したらしい。

「こぼさんよォ、こりゃ遊びじゃねえんだからよォ」

そう言って小仏の肩にぽんと長い爪をかける。
小仏はいっそう頭を垂れた。

「ほんじゃヨ、俺が采配すっからヨォ、アイツの動きじゃこの立ち回りは無理だかんな。やってる周りでわちゃわちゃやってもらうしかないけどよォ。そんでいいな」

「よろしくお願いしますっ」

頭を下げる小仏を見下ろすオミさんツブテは、監督やアクション監督を差し置いて、そのキンキン声をいっそう響かせて、たちまちのうちに真太郎を含めたツブテたちの配置を変えてしまった。

そうして、真太郎を脇に追いやったオミさんツブテは、まるで自分がおいしいとこどりをするかのように、松崎と未緒の二人を同時に相手をすると決めたが、真太郎はなにも文句は言えなかった。

テイク2がスタートした。
オミさんツブテは、たまたま松崎と未緒に挟まれてしまったような状況になった。そして二人の技を受けるのだが、その受け方は絶妙だった。

松崎の手刀と未緒のキックをひとつひとつ漏らさず、ダメージを受けたリアクションをひとつひとつ見せて、ヒーローたちを立てる。

そのうえ、たまたま二人も相手にしてしまって焦る、というコミカルな芝居も見せてくる。スタッフの間から笑い声がこぼれる。

真太郎はといえば、戦いのフィールドの周りを、めちゃめちゃに暴れながらぐるぐる回る役割しかない。

誰とも戦うことなく、ずっと動き回る真太郎ツブテ。オミさんツブテの見事なアクションが、真太郎の頭部のスリットからちらちら見えかくれする。

カットがかかった後も、真太郎は気づかずに動き回っていて、オミさんツブテにポンと叩かれるまで、終わったことに気がつかなかった。息を切らせて動きをやめる真太郎。
風の音か、笑い声か区別のつかない響きが、でかい頭部の厚いウレタンを隔てて聞こえてくる。

続いての撮影場所は、さっきテラが動き回っていた丘の上だ。

ガンセキカーネルのコスチュームを身に着けたテラはすでにスタンバイしていた。兵隊のひとりとして加わるはずだった真太郎は、待機の指示が出て、見学になってしまった。
位置に着いた、ガンセキカーネルと素顔のヒーローたち。アクションのプロではない五人を相手にしてのテラの立ち回りがはじまる。

「よォーい。スタットおーッ!」

監督の怒鳴り声でアクションが始まった。

見学者と化していた真太郎は、そのあと見せたテラの動きにくぎ付けになるのだった。

テラが普段立っているヒーローパルテノンのステージならば、広さ、高さ、幅、その隅々まで把握していて、きっと照明のついていない暗転中の暗闇でも、朝飯前で見事なアクションを決めるに違いない。

しかし、ここはステージではない。にもかかわらず、テラは舞台と同じようなスムーズでよどみない動きを見せている。

「ああっ」

コスチュームの中で、思わず真太郎は声をあげた。さっきまで、しつこく何度もテラが繰り返していた反復の動きが、今見せているアクションに呼応しているのだ。

テラがひとりで反復していた動きはそのままに、五人のアクションが重なって、複合的で見ごたえある格闘シーンになっている。

真太郎は全身がかあっと熱くなるのを感じた。

このシーンでは五人は劣勢だ。
五人が加える攻撃は、ことごとくテラ扮するガンセキカーネルに跳ね返されてゆく。圧倒的な強さを見せるガンセキカーネル。

未緒がすらりとした足でキックを繰り出す。
スタイルがいいので迫力がある。
練習は一生懸命やっているらしく、型はなかなか決まっているが、段取りが身体に叩き込まれていないようだ。

「あっ」

未緒が段取りを間違えたことは真太郎にもわかった。
春原が、掌底の一撃を加えようとするタイミングで、ワンテンポ早く、未緒がキックを出してしまった。すれすれのところでかわすはずのキックが、ガンセキカーネルのわき腹を直撃した。

テラは腰を沈めていたので、全くダメージを受けることはなかった。しかし代わりにキックを放った未緒がバランスを崩してしまった。

「ああ危ないっ」

思わず声をあげる真太郎。

未緒が立っていた場所は、高さ十メートルほどの切り立った崖だ。未緒があと足を踏み外した。身体が宙に放り出される。

落ちる!


誰もがそう思った瞬間、未緒の手を引っ張ったのはガンセキカーネルだった。

体の向きこそ未緒に背を向けた状態で、右腕で他の攻撃を防御しながら、左腕を背中に伸ばしたガンセキカーネルは、闘いを止めることなく、未緒の腕をつかんで落下を防いだのだった。
未緒は体勢を立て直し、闘いにまた参加した。

奥歯を噛みしめすぎたせいでこめかみをじんじんさせながら、真太郎は血走った目でテラ=ガンセキカーネルをただ凝視するしかなかった。

「カットォ。はい! オッケーーー!」

監督の声が岩山にこだました。

すぐに監督の立つキャメラのそばに走っていくテラ。

「監督ゥ、俺ちょっと余計な動きしちまったんだけど、キャメラ入っちゃってますかね?」

「ああ、それな。フレームに入ってないから問題ないよ」

次の撮影準備が進む間、未緒がテラのところに走ってきた。

「さっきはすいません! どうもありがとうございましたっ!」

泣きそうなくらいに真面目な顔で、深々と頭を下げる未緒に、手をふるテラ。

「フィルムだった頃は、俺ら下っ端は、NG出してフィルム無駄にするくらいなら崖に落ちとけって感じだったけど。今はもうフィルムじゃないからな」

そんなことをなんともなしに口にして、未緒に尊敬の目で見つめられるテラが、真太郎にはとにかくカッコいい。
そしてなにより、うらやましい。

未緒がおずおずと尋ねる。

「あの、わたしが落ちそうになったとき、テラさん背中向いてましたけど、あの時、見えてたんですか?」

「いや全然」

あたりまえのようなテラの口ぶりに、未緒は目を丸くする。

「無意識」

カッコいい。断然カッコいい!

真太郎もいつの間にかテラをうっとり尊敬の目で見ているのだった。

それに気づいたテラは、ニヒルに口角をあげて、

「お前が落ちそうになってたら、俺は無意識で助けない自信がある」

そう力強く真太郎に言い放ち、
ずずずぅ~っと、勢いよくコーヒーをすするのだった。