第二章 泣くなシンタロー!今日も夕陽は赤いのだ

第24話 部屋吞み

わるもn

「狭いとこだけど。あがれよ」

「お邪魔します」

明かりがつくと、真太郎が使っている部屋よりは、若干狭いことが分かった。



暗くなっても続いたロケのあと、撮影隊はロケバスで都内まで戻ったが、渋滞に巻き込まれ、都内に戻った時には、かなり遅い時間になっていた。

帰れない時間ではなかったが、テラが小仏を飲みに誘い、真太郎もひっぱられた。

真太郎は、酒はどうにか飲めるものの、飲んで発散できるようなタイプではない。

一方、小仏とテラは派手に飲んで、騒いで歌って、殺意が見え隠れする愚痴を言いあったりするのだった。

片手間にテラは、真太郎にヘッドロックをかけたり、両襟をつかんで締め上げたり、石のように固めた拳骨を脳天から落としたりした。なんの前ぶれもなく、意味さえなく、それはただ感情が昂ぶったことの発露らしかった。

居酒屋チェーンから、いつのまにか路地裏の屋台に酒席が移動していたのも真太郎は気づかなかった。

宴が盛り上がるたび、真太郎は柔道やプロレスの技や、地味なのに猛烈に痛い関節技を、技の名前を言われながらかけられた。

テラと小仏は、酒でろれつが回らなくなっていったが、真太郎は撮影の時以上の疲労で、口がきけなくなった。

店主が看板を告げた。

おい、おぼっちゃま。こんなのどうせ鼻くそみたいなはした金だろ払っとけ。テラにそう言われ、真太郎は、もうろうとしたまま財布を出した。

もう帰れる電車もなかった。

テラが、俺の部屋に来い、と言うので、後をついていくと、延々と歩いたその果てに、見慣れた要塞のような建物がそびえている。

「テラさん、あれって」

「俺の城、俺の部屋だろうが」

真太郎を見もせず、さも当たり前のようにテラは言う。

「部屋って、まさかヒーローパルテノンの楽屋ですか? てっきりテラさんのアパートかと思ってました」

テラはあきれたように天を仰いでから、真太郎に向き直り、

「お前、ロケどうだったよ」

「いろいろ勉強になりました」

テラの手が伸びて真太郎の頭をはたいた。飲み屋の時は痛かったのに、今は全く痛くない。

「なに優等生みたいなこと言ってるんだよ。楽しかったのか、それともつまらなかったのかどっちだ」

「つまらないなんてことはないですけど。まだ楽しめる余裕もないですから」

真太郎がふてくされたように言うと、テラは、ハハハハと声を出して笑ったあと、

「ロケっていうのは、祭りみたいだろ」

長い一日を思い出しているかのような顔で言う。真太郎は、ああ、と頷いて、

「夜になってもあんなに大きなライトつけて。炊き出しもやって」

ライトに照らされたテラの横顔にふいに影が落ちる。

「祭りの後に、誰もいないアパートの部屋に帰るのは、淋しいもんだ」

影で表情がうかがえないテラに真太郎は明るい声を出す。

「テラさん、付き合いますよ。朝まで徹底的に飲みましょう」

真太郎の精いっぱいの言葉に、テラは顔をあげて、

「冗談じゃない。一杯飲んだら寝る」

そうこうしているうちに楽屋口の前にたどり着いた。テラは目をぎょろりとさせて、バッグの内ポケットからうやうやしく鍵を取り出した。

「鍵、持ってるんですか!」

「言うなよ」

上の者には、という意味だ。鋭い目でテラが囁く。

鉄の扉が重い音をきしませる。

「でも警備員さんとか」

真太郎の問いに答えないところを見ると、とっくに丸め込んでいるのだろう。

「しょっちゅう忍び込んでるんですか?」

「ひとぎきの悪い事言うんじゃない。マイホームに、忍び込むはないだろ」

あっけにとられたまま真太郎が後に続こうとすると、「ちゃんとしめろ!」と吠えるような声を浴びせられる。

「ちょっと、夜中ですから」

真太郎が大声をたしなめると、

「夜中だから危ないんだよ」

なおもテラは吠え声をあげる。

「ここはオートロックだが、ゆっくり閉まるようになってる。だから引っ張って閉めるんだ。ちょっと前に、閉まりきる前になんか危ないファンが忍び込んできたことがある。用心しろ。犯罪者はどこにいるかわからんのだぞ」

いま僕の目の前にいますよ。

真太郎が真顔で言っても、テラはどこ吹く風とばかりに暗い廊下を我がもの顔で進んでいく。

奈落の非常灯が点った。



テラは奈落に敷かれた厚いマットに寝そべった。

「開いたり閉じたり落っこちたり飛び出したりめまぐるしくて、戦場みたいだ。でも、本番がおわりゃ静かになる。死んだみたいに静かだろ。ここがなけりゃ、ショーは死ぬ。ここは一番大事な場所だ。だけど、お客にはここは見えない。お客はここで何がおきてるか、知りもしない。そいつがいい」

隣に遠慮がちに背中を沈めた真太郎は、最近耳にしたばかりの噂について口にしてみる。

「テラさんは、パルテノンの怪人って知ってますか」

「知ってるよ」

「テラさんはキャットウォークから聞こえてきたっていう声、聞いたんですか」

テラはしばし黙っていたが、

「聞いたよ」

思わず首をひねってテラの顔を見た。嘘とも本当ともわからない、だらけた赤ら顔だ。

「いいじゃねえかよ。ロマンがあってよ」

さっき聞いたばかりの、忍び込んだストーカーの事が思い起こされ、背中のマットが冷たく感じて思わず上体を起こす。

「テラさん」

テラが、んんんと大きく伸びをする。

「テラさんはヒーローに戻りたくないんですか」

すかさず馬鹿言うなとテラは言って、かみしめるように、

「俺はまあ、怪人っていうか、わるもんだからな」

「わるもん?」

〝わるもの〟ではないのですか? とでもいった様子で真太郎が聞き返すと、テラは寂しさの混ざった口ぶりで、

「昔のヒーローの世界でガキが言ってたいいもん、わるもんの〝わるもん〟だ」

「どういう意味ですか」

「昔のヒーローものの〝わるもん〟っていうのは、分かりやすいんだ。やむにやまれぬ理由があるとか、悪事を働きながら葛藤するとか、そういう複雑な敵役じゃないんだ。俺が極めたいわるもんってのは」

「それって」

いわゆるばかじゃないですかと言いそうになって真太郎は口をつぐんだ。口にしたらどうなるかわからない。

「〝わるもん〟は憎まれてナンボだ。感情移入なんかされなくていい。ドラマもいらない。最終的な目標は世界征服とか、そういうわかりやすいもんだ。だからちびっ子も思いっきり怖がれる。そんなわるもんが、ショーの最後にやられりゃあ、ちびっこは大喜びだ。ショーを見終わって、劇場から一歩出たら、忘れちまう。それでいいんだ」

「いいんですかそれで」

酔っているせいもあるのか、テラは深く頷いて、言葉をかみしめる。

「おれは、わるもんがいい」