第二章 泣くなシンタロー!今日も夕陽は赤いのだ

第25話 わるもんたち

わるもn

テラが普段使っている四番楽屋の前で、もう一つの鍵が出てきても、真太郎は驚かなかった。

「ようこそマイルームへ。迎え酒もシメのラーメンもあるぞ」

いつも開演前には、後輩が先輩に挨拶をする慣例にしたがって、真太郎もここにきて挨拶はするが、立ち寄るのはいつも入口までだ。楽屋の中まで入ったのははじめてだった。

真太郎たちが使う大部屋のような広さはない。部屋の両壁についた鏡とその下の椅子で四人ぐらいで使える楽屋のようだが、テラは一人で使っているようだ。

しかし、部屋は雑多なものであふれている。

「なんだよ。一人で使っちゃ悪いか?」

「そんなことは言ってません」

「お前らは大部屋で窮屈かもしれないけどな、ほんとはここ、おっさんチームの楽屋でよ、四人で使ってることになってる。こぼさんもここだ」

「小仏さん、僕たちと同じ楽屋を使ってますけど」

「若いエキスを吸いたいからだろ」

そう言いながら冷蔵庫からビールとももちゃん謹製ビーフももジャーキーを出した。
ビールを一本真太郎に放って、ジャーキーの封を開け、カラメル色の塊を真太郎に差し出すが、真太郎は手をあげて断る。テラはそのジャーキーを前歯で食いちぎって噛みしだき、ビールのタブを上げて、半分ほど一気に飲み干す。

「いそっちもここだ」

「磯貝さんもですか。でもセフティさんは」

「奈落に私物置いてるだろ。でも建前上はここだ。砂川の野郎もいたけどな」

最後の一言はさらりと流して、

「みんないなくなっちまったから、ここは俺と、あいつら」

そう言って奥にあごをしゃくる。大きなハンガーにたくさんのコスチュームが下がっている。これまでのショーに登場した悪役のキャラクターらしい。

「ここは俺とあいつらの楽屋だ。わるもんの部屋だ」

恐る恐る近づくと、古びたゴムと汗の臭いが鼻腔をついた。かつてステージで見た覚えのある、ユニークで愛嬌のあるいにしえの〝わるもん〟たちの〝抜け殻〟ともいうべきコスチュームの数々が、この部屋には珍しい来客を睨みすえている。

なんとなく、真太郎は小さく頭を下げたあとに、視線を泳がせた。

テラが使っている場所はどこなのか。通常ならば、鏡前には雑多な私物が置かれているのが当たり前なのだが、そんな場所はない。

「テラさんの鏡前はどこなんですか」

「ここだよ」

右の入口そばの席を指差したテラに真太郎は疑問をぶつける。

「テラさん、私物ないんですか」

「ここだよ」

テラは、持ち歩いている大きなスポーツバッグを叩いた。

「そこに全部入ってるんですか」

テラは妙に座った目つきになって、

「カバン一個ありゃ事足りる。カバンに入らないものはアパートに置いてある二つだけ」

顔を近づけたテラは、酒臭い息に乗せて言った。

「冷蔵庫と布団、その二つだ」

真太郎はテラの話を途中から聞いていなかった。というのも、テラが自分の化粧机だと言ったところに、ポツンと奇妙なものが置かれているのだ。

それは、手のひらからわずかにはみ出すほどのサイズの赤色のフィギュアだった。フィギュアというより、まだそんな言葉がなかったころの、いわゆるソフトビニール製の古い人形だ。

しかし、


それを人形と呼んでいいものか。

両手を挙げたポーズをしているそれには、肝心の頭部のパーツがなかった。

〝首無し〟なのだった。胴体の赤色も日に焼けたのか、まばらに色が抜けている。

ベルトの部分や胸のマークなどはシールで装飾されていたようだが、すべてはがれてしまっていて判別不可能だ。

いくら古いからといって、こんなものをお宝ショップに持ち込む者はいないだろう。

普通だったらとっくにごみ箱行きになっているようなガラクタが、テラの化粧机の隅に、首がないくせに勝ち誇ったように両の腕を突き上げて屹立していた。

真太郎が人形に手を伸ばした。

「これは?」

「それはお前、レッドに決まってるだろうがよ」

言いながらテラは、真太郎の手からやんわりと人形を取って、また元の場所に立たせた。

「なにレッドですか?」

もう一度真太郎は人形を手にとった。人形を傾けて足の裏を確認しようとするが、

「いいだろ、なにレッドだって。赤は赤だ」

すこし勢いよくテラは人形をもぎ取った。

「見せてくださいよ。一応、僕もヒーローオタクですから、こいつがなにか当てたいじゃないですか」

テラは人形を握ったまま、

「シーレッドだ」

「あーっ。もうなんでですか! 答え言わないでくださいよ」

「もういいだろ」


「第十八弾、海兵編隊シーマスターのシーレッド。本当かどうかちゃんと確かめさせてください。こういうのはたいがい、足の裏の刻印でわかるんですよ」

テラの声が大きくなった。

「もういいって言ってるだろ」

「なんでこんなもの大事にしてるんですか」

テラの目つきが変わったのを真太郎は気づかなかった。

「なんですかあ、テラさん子供でもいるんですか」

その言葉に、テラは目をひんむいた。

「俺にはガキなんかいないっ」

耳にキーンと違和感が残るほどのテラの吠え声に思わず目をつぶる。

「もう帰れ」

打って変わって淡々とした声に目をあけると、無表情のテラが、

「帰れお前」

吐き捨てて背中を向けた。

「え、だって泊まって明日のショーをそのままやるって」

「それは俺みたいな慣れたやつがやることだ。お前は一回家に帰ってリセットしろバカ」

また大音量で振り返って、真太郎の背中をぐいぐい押してくる。

「電車まだ走ってないです」

羽交い絞めされた真太郎は、ゴリラのような力で楽屋入口まで引きずられて冷え切った表に放り出された。

「タクシーで帰れ」

重い鉄の扉が閉まった後では、飲み代払っちゃってタクシー代もうないんで、と言ったところで聞こえるよしもなかった。

――しょうがない、ブラックカード使うか。レッドだけど。





土日のショーを終えたその翌日、テラは劇場事務所に呼び出された。

奥に向かっていくと、デスクの山際が気づいてメガネをずらす。

「ご苦労様。悪いねわざわざ。久しぶりに週末のショー見たよ」

山際の観劇は、真太郎のデビューの日以来のはずだった。山際は、今日も変わらずにこやかで、何を考えているのか、どんなつもりでテラを呼び出したのかはさっぱり分からない。

「日曜の公演、全部みたよ。やっぱり生はいいね。そうは言っても三回だけどさ」

そうですか、テラは視線を落とした。

「見ちまったんですね」

「なにそれ、どういうこと?」

「見ちまったものはしょうがないですね」

テラの声にはため息が混じっていた。