第二章 泣くなシンタロー!今日も夕陽は赤いのだ

第27話 ファントム・オブ・パルテノン

わるもn

「ちょっといいか」

土曜日の公演前、楽屋に来た真太郎を、すでに来ていた水戸が呼んだ。ついていくと、水戸は奈落のマットの脇の暗がりで立ち止まり、振り返って、

「お前、名探偵だもんな」

「なんですか」

「名探偵なんだからよ。いい加減に解決したらどうなんだよ」

「なにをですか」

水戸はいら立ったように、

「パルテノンの怪人に決まってるだろうがよ」

真太郎は、小さく、ああと言ってから、

「こないだ水戸さん言いましたけど、あの時だって何も聞こえなかったんですよ」

「それはお前が鈍感だからってあの時も言ったろうが」

真太郎は首をかしげる。

「だいたい誰も気にしてないじゃないですか」

「みんな怖いから、聞こえないふりしてるんだ」

「そうですかねえ」

「呑気なこと言ってるんじゃないぞっ」

その表情はあまりうかがえないが、憤っているのか、荒い呼吸は分かる。

真太郎はそんな水戸を諭すように、ゆっくりと、

「でも僕って、高いところ駄目じゃないですか。キャットウォークなんて無理なんですけど」

「はあ? それはお前の事情だろうがよ」

水戸は余計に頭に血が昇ったようだった。

真太郎は軽く頷いて、じゃあ、と切り出した。

「だったら、現地調査、水戸さんにお願いしていいですか」

水戸は言葉の意味がよくわからないらしく固まっている。

「僕、現状ではどうしてもキャットウォークは無理なんです。だから代わりにキャットウォークに行っていろいろ調べて欲しいんです」

暗がりでも水戸の顔の血が引くのが分かった。

「え、いやそれは」

「謎を解くのには現地調査をしないといけないんです。水戸さんの協力が必要なんです」

水戸は腕組みをして、

「それは無理だ」

「なんでですか」

「それはお前」

水戸の言葉がたどたどしくなる。

「そういうのは、一人で解決するもんだろうがよ」

「怖いんですか」

黙ったままの水戸に、真太郎はもう一度、

「怖いんですね」

「違うよばかやろう」

頬の肉がぶるんと音を立てるぐらいに首がふられる。

「わかりました。じゃあ、現地に行かないでどうにか謎を解けるようにしたいと思います。そしてなるべく早く恐怖症に打ち勝って、現地調査もできるようにしたいと思います」

その返答にはまったく気持ちが入っていなかったにも関わらず、水戸は気づかないばかりか、さも満足げに、

「おう、そうしてくれるか」

もう話は終わったと思って真太郎が戻っていこうとすると、

「お前、テラさんの楽屋に泊まったんだって」

その声はさりげなさを装っているが、こもった響きには、これが一番聞きたかったことではないかと感じさせるものがあった。

「泊まってないですよ」

「しらばっくれるんじゃないよ」

ふたたび水戸は声を荒げて、

「俺はさ、いっつもテラさんの楽屋の掃除をしてるんだよ。お前が泊まる前から、お前が来る前からずーっと前から、楽屋の掃除して、どこに何があるかも全部知ってるんだよ。それをお前なんかが」

水戸の勢いが止まらないので、真太郎は言葉をさえぎる。

「泊まる前に、帰されたんです」

水戸がぎょっとした目つきで真太郎を見た。

「追い出されたんです」

「そうなの?」

その声はうれしさを隠そうとしない。

「あっそう。追い出されたんだ」

もはや笑っているようだ。

「一つ聞いていいですか」

「なんだ」

すっかり優越感をたたえた水戸に真太郎は聞いた。

「テラさんの楽屋にあった古いレッドのフィギュアあるじゃないですか。首のない」

水戸は、自分がまるでテラの専属秘書であるかのような顔で、

「あれは、とっても大事なものなんだ」

したり顔で言う水戸に、

「どういう?」

「そんなのテラさん見てりゃわかるだろうがよ」

言うまでもないというような態度で、水戸は腕組みして顎を突き上げる。

「お前はテラさんの事、なんにもわかってないな。お前が来てからなあ、テラさんのアクションには全然キレがなくなっちまってるんだよ」

真太郎は目を伏せた。

「お前の事気にしすぎて、テラさんは思う存分アクションができてないんだよ」

言葉を失った真太郎に、水戸は諭すように、

「お前のフォローをするのがテラさんの役目じゃないんだぞ」

水戸はうつむいたままの真太郎の肩に手を置くと、

「頼んだからな。スペシャルステージまでに怪人の正体、突き止めとけよ」

スペシャルステージという言葉を聞いて、反射的に未緒の顔が思い浮かんだ。何かを水戸に見透かされたように思って、真太郎はむきになって言った。

「どうしてスペシャルステージまでなんですか」

「そんなもんお前、アイドルのみなさんを怖がらせたくないからだろうがよ」



真太郎が楽屋に戻ったあと、何かの気配に水戸が振り向くと、奈落マットの死角からなにか、影のようなものがいざり出てくるではないか。

「ひ、ひいい」

水戸が恐怖のあまり尻もちをつくと、影は立ち上がって近づいてくる。恐怖のあまり、金縛りにあったように動けない水戸。声も出せない。

影が光の筋を横切ると、水戸は大きくため息をついた。

「磯貝さん。ちょっと脅かさないでくださいよ」

磯貝はマットにどっかと腰を下ろすと、

「新人いびりも大概にしとけ」

水戸は呼吸を整えながら口をとんがらせた。

「あいつは少し、ほかの事に集中した方がいいんです。テラさんにべったりなんですから。テラさんにはもっとのびのびやってほしいんです」

「お前のその図体に似合わない嫉妬深さ、どうにかしてくれ」

磯貝は立ち上がって、顔をぐい、と近づけて、

「キャットウォークの事はあんまり嗅ぎまわるな」

それだけ言うと、磯貝は奈落を出て行った。

「俺は嗅ぎまわりませんよ」

水戸は少し早口で言った。人けのない奈落に声が吸い込まれる。

「だって怖いしっ・・・」



―また来いよなっ―

未緒の声を、未緒の顔を、打ち消す。

鏡に映った自分の顔を見つめる。撮影現場に行けば、テラの手を煩わせずに、アクションの修行ができる。

未緒は関係ない。

楽屋に戻った真太郎は、いつの間にかマネジメントの米満に電話をかけていた。

「ああ、現場は勉強になるもんね。じゃあコントタクト取ってみますよ」

「あの、現場にテラさんは来ますか? できればテラさんのお世話にはならないで一人で修行をしたいので」

「テラさんは、しばらくエクスチェイサーの撮影は入ってないですよ」

小さく吐息を漏らす真太郎。

「じゃあ、現場に連絡とってみてから大丈夫な日にちを折り返すんで」

電話を切ろうとする米満に、慌てて、

「あの、素顔のヒーローの皆さんは来ますか」

「撮影も大詰めだからね。毎日参加してるよ。なんで?」

「なんでもないです」

電話を切って、真太郎はもう一度自分の顔を見つめた。