第二章 泣くなシンタロー!今日も夕陽は赤いのだ

第28話 スタジアムの闘い

わるもn

朝から曇り空だった。

今日が日曜日ならば相当混雑しているはずの駅も、降り立つ人はおらず、ゾンビの映画の、ゾンビがひとしきり人間を食い尽くした後にでもでてきそうなターミナルのようにひっそりとしている。

行く手の民家の間から、独特なフォルムを持ったサッカースタジアムの屋根が、その一部を現している。

真太郎はスタジアムへ向かう歩道橋を上がってゆく。

スタジアムにたどり着いても人の気配はなく、静まり返っている。足音だけが、未来的な曲線を描く回廊に残響し、周囲の木立からのどかな鳥のさえずりが時折聞こえるだけだ。

カーブを折れてすぐに、見覚えのあるロケ車が止まっているのを発見して真太郎は足を速めた。

「ホントに来てくれるとはね」

真太郎に駆け寄ってきた未緒が、丸い目をいっそう丸くして、言った。

「これで私、今日のところは目立たなくて、済むかな」

人なつこく挑発する未緒の言葉には何も言い返さず、ただ笑みを浮かべていると、

「油売ってるんじゃないよっ」

背後で小仏の激が飛んだ。テラは参加していなかったが、小仏はいたのだった。

「早く監督やらスタッフさんに挨拶しといでっ」

監督は前回の撮影のことはもちろん覚えていて、ディレクターズチェアで台本に印をつけながら、お手柔らかに頼むわ、と言ったあと、真太郎を見上げて、

「こぼさんに頭下げられちまったからよ」

どうやら小仏は監督に、真太郎にまたツブテをやらせてもらえるよう頼んでくれていたらしい。

真太郎は、監督に深々と頭を下げると、

「よろしくお願いしまあすっ!」

あらんかぎりの声で言ったので、音声のスタッフに、うるせえ! と怒鳴られた。

真太郎は他のツブテたちといっしょに、素顔のヒーローたちを取り囲むアクションに加わることになった。

スタジアムのエントランス階段の上から、怪しげな動きでじわりじわりと降りてきて、素顔のヒーローたちをぐるりと取り囲み、威嚇しては離れ、またじわりじわりと近づいては威嚇を繰り返し、最後は蹴散らされるという流れになっている。

ツブテの姿では視界は制限されている。足元はほとんど見えない。この状態で階段を降りるのはなかなか難しい。しかし他のツブテは難なくこなしている。

真太郎は本番までの間に、何度もシミュレーションを繰り返した。階段を行ったり来たりしているうちに、たちまち太ももがパンパンになった。

前回のロケで目撃したテラを思い浮かべながら、何度も階段を昇っては降りる真太郎だった。

「よォーい。スタートおーッ!」


繰り返し練習したおかげで、自然に身体が動くようになっていることに真太郎は気づいた。
そうなると今度は、少し周りを見る余裕ができてくる。スリットの隙間から、周囲のツブテを観察しつつ、アクションを続ける。

周りのツブテたちは、たしかに段取りを守ったアクションをこなしてはいるが、そのほんのわずかな隙間に、気づくか気づかない程度の、個性的な細かい動きをそれぞれ加えている事に気づいた。

真太郎にはそんな余裕はまだないが、それがどれほどこのアクションに魅力を増すことになるかはなんとなくわかる気がした。

「はい、カットォ!」

一発OK。
監督からのダメ出しは真太郎にも、未緒にもなかった。

「ようやくスタートラインに立ったってこと」

ケータリングのミニサイズのエビせんべいをいくつも指に挟みながら、小仏が目を細める。

「舞台でも、繰り返し稽古して動きを身体に叩き込むだろ。舞台だったらずっと同じ装置使って、みんなで動きをコントロールできるけど、コントロールされたことばっかりやってると、こんどは面白味みたいのがなくなっちまう」

小仏がエビせんを前歯でかじっていくカリカリした音と共に、香ばしい匂いがしめりけを増した風に乗ってコスチュームの中の真太郎の鼻にも届く。

「そこで大事になってくるのが、コントロールされてない動きなんだよ」

小仏が急に黙った。

スリットから覗くと、またエビせんべいを指に挟むことに集中しているのだった。

「あたしらだって、いつも新鮮な気持ちで舞台に立ちたいと思ってる。でも難しいんだよこれが結構」

指の間のエビせんべいを、また一枚ずつ前歯で、カリカリカリ・・・。

「お前さんは今まで、スタートラインの前でただ足踏みしてるだけだった。こんな話を普通にお前さんにできるようになったのが、一歩前進ってとこかね」

エビせんべいの香ばしい匂いを残して、小仏はまたどこかに行った。

「きっさまあ。まった来てやがったーなァ」

聞き覚えのあるキンキン声に振りかえる。長い爪のついたごつい右手で、真太郎を軽くたたく。ぼひょ、と音がした。ツブテの中に入っているのはオミさんだ。

ツブテ姿のまま無言で頭を下げる真太郎。

「こないだよりゃあよォ、まァー、ちったあー上達してんじゃんかよ。えー、オイ」

「ありがとうございます」

照れ隠しに頭でもかきたいところだが、頭の上まで手が届かない。

「なんだァきさま。ほめられてェオイ。うれしいってか?」

「はあ。まあ」

「ばぁーか。このーぅ。うれしいってんならャ、動きで見せろーや。俺たちゃ人間じゃないんだぜ。DNAが違うんだお前。だァら感情の発露の仕方がお前、人間とは異なってるんだらァよ。アクションだーァ、アクション見せれ。ホレ、やってみれ」

「こ、こうでしょうか」

真太郎は、軽く飛んで躍り上がってみせる。

「ばーかコラァ。きさま、わっかりやすい動きしやがってぇーよぅ」

オミさんツブテは、まず高くジャンプした。そのジャンプ力はやはりとてつもない。

真太郎の身長ほどの高さにジャンプしたオミさんツブテは、手足を四方八方にめちゃめちゃに繰り出したうえに、腰も高速でくねらせた。それはまるでオミさん自身が、打ち上げ花火そのものでもなったかのようなアクションだった。

あっけにとられる真太郎をよそに、オミさんツブテは着地した後、ドスンと尻もちまでついて見せるのだった。

「あ痛つつつつ」

立ち上がれないオミさんツブテ。どうやら尻もちは狙いではなくアクシデントだったらしい。

あわてて駆け寄って、ひっぱり起こしてあげる真太郎。

「ま。こんなもんだァーな」

相変わらずトーンはそのままのキンキン声だ。

見事なアクションに拍手したくても、怪人の手では、ぼふぉ、ぼふぉ、という音しか出せないのだった。