第二章 泣くなシンタロー!今日も夕陽は赤いのだ

第30話 狼の記憶

わるもn

「あのさあ」

無意識に、斜に構えた響きが真太郎の口から洩れ出た。

「それは、ヒーローショーの話?」

未緒は首をふった。

「団地の前の公園であったことだから」

「その時、周りに人はいたの?」

「いたと思うけど。すごくちっちゃいころだったから、あんまり」

「大人はいた?」

真太郎の言葉の挑むような響きは、たちまち尋問のような調子になった。

「覚えてない」

「じゃあすごい大きい団地だったんじゃないかな? デパートの屋上なんかでもショーをやるくらいだから、すごく大きい団地なら、ヒーローショーを呼んだってこともあるんじゃないかな」

「もういいから」

「え?」

「真太郎は、ヒーローを否定したいの?」

未緒にそんなことを言われて、真太郎の目が冷たい雨に泳いだ。話の接ぎ穂をやっと見つけて、

「あ! レッドってなにレッド? シリーズの中の、どのへんかな」

「知らなーい」

「じゃあ怪人は? もっと詳しく」

「だから毛むくじゃらで。あとは牙もすごくて、狼? みたいな感じだと思うけど」

「狼モチーフなんて、そんなのいっぱいいるよ。レッドの特徴はなんか思い出せないの? マスクの感じとか覚えてないの?」

「私が嘘ついてるって言いたいんだよね」

「そうじゃなくて」

未緒の視線に真太郎は言いよどんだ。

「謎があったらとことん追求したくなっちゃうのが癖なんで」

真太郎は胸の内に、妙なつっかえのようなものがこみ上げているのを感じた。

「いいよもう」

未緒は笑っていた。しかしそれはさっきまでの笑みとは違う笑いの気がした。

「マネージャーさんにも、この話はするなって言われてたんだよね。こういう話をしてると、そういうカテゴリーに入れられちゃうからって」

言っておいて、そういうカテゴリーって・・・と呟く未緒。

「ヒーローショーとか連れてってもらったことないの?」

「もうこの話はいいからさ」

「僕はさ、ヒーローショーにつれってってもらったおかげでさ」

真太郎がこどものころの話をしようとすると、

「ヒーローショーなんて行ったことない。親死んでるし」

「え?」

「ちっちゃいころに死んでるし」

「ああ。じゃあ、さっきの話も、確かめようがなかったってことか」

気の毒さを感じる前に、多感な頃に親を亡くしたことが未緒に夢と現実を混在させているのだろう。そう真太郎は自分を納得させた。

「あたしもちょっと寝とくから。じゃ」

そっけなく未緒は去っていった。真太郎も他人行儀な会釈しかできない。

いつの間にか雨が止んで、晴れ間がのぞいていた。

スタッフたちはすでに動き始めている。
プリースマス・マグマに着替えた小仏がやってきた。真太郎はここぞとばかりに元気な声で、

「お疲れ様でした。フィッティングどうでした?」

そう言ってから慌ててキャストのロケバスを見やって小仏のお叱りを覚悟した。しかし小仏は口を結んだまま去っていった。

撮影再開後の小仏のアクションには、一層のスピード感とダイナミックさが加わって、目を見張るものがあった。

監督がぽつりと「これCGいらねえんじゃねえか」とつぶやくほど、小仏は激しかった。

この時はただ、圧倒されているだけの真太郎だった。



週末。土曜日のショーがやってきた。

未緒の告白を聞いてから、真太郎の心の中に居心地の悪いもやもやが居座った。それは日をおくにつれ、ごつごつと固まって積み重なっていった。

幼かった真太郎がヒーローに救われたのは、ヒーローショーの会場の座席にいる時だけだ。

そんな時もどうやら怪人たちはなるべく楽しそうな家族を襲いたいらしく、うつらうつら舟をこいでいるお手伝いさんに連れられた少年は、怪人にとってもあまり襲い甲斐なく見えるのか、襲われる回数は、他の家族と比べて格段に少なかった。

楽屋でのテラは、どうしてか、よそよそしかった。

挨拶に行っても返す言葉は少なく、ま、やるしかないよ、そう言うのみだった。

しかし真太郎は、そんなことを気にできる状況でもなかった。もやもやもごつもつも、まんま抱えてコスチュームを身に着け、マスクを装着し、奈落に向かう。

奈落脇に開いた小さな出捌け口には、客席からこちらが見えないように、〈消し幕〉と呼ばれる黒い幕が垂らされている。

そっと消し幕に近づいて隙間から客席を覗く。八分の入りの客席に、たくさんの家族連れの姿がある。エクスチェイサーのシャツを着た男の子が父親にエクスチェイサーがいかに強いかを頬を赤く染めながら説いている。グッズを握りしめた女の子はお祈りをするように手を合わせ、暗い舞台をじっと見つめている。

きっとこの子たちも、今日の予定どおり、怪人たちに脅されて、泣き声や奇声をあげて、そのあとに登場するエクスチェイサーが、自分たちを守ってツブテを撃退するのを大歓声で迎えて、ヒーローたちの強さを心から信じることだろう。

――それでいい。そうこなくっちゃ。

「僕は、レッドなんだ。なにがなんでも」

真太郎はつぶやいた。

子供たちの助けを呼ぶ声がさざ波のように心に届く。エクスチェイサーを、エクスレッドを呼ぶ声に、真太郎は、光の中に踊り出た。

二回の現場経験で、周りを冷静にみられるようになったおかげか、いつもよりも子供たちの顔がはっきり見える。

このレッドは本物だろうか? このレッドを本当のヒーローだと信じていいのだろうか?

固唾を呑んで戦いを見守る子供たちの瞳の奥に、そんな疑問が湧きたっているように思えて仕方がない。

――真太郎はレッドを否定したいの?

未緒の言葉がよみがえってくる。

客席には家族連れの兄弟だろうか。
口をあけて身を乗り出すように見ている弟と、斜めに座ってちょっと退屈そうに見える兄。
ショーのあとの帰り道、あんなのウソんこだよおまえ知らないのかよと後ろ向きで歩きながらいじわるな顔であんなの遊園地の従業員がやってるんだよヒーローじゃないんだよ、そんなことを言い放ち弟の泣き顔にせせら笑う兄の姿を想像する。

母親にたしなめられてもこう口答えするのだ。だって当然じゃん。あのレッド、たいしたことやってなかったじゃないか。

マスクの中でぎりぎりと歯ぎしりをする。ショーは過ぎてゆく。

観終わって失望する子供たちの顔が浮かぶ。暗転した会場は何の反応もなく、静まり返ったままだ。握手会に並ぶ子供たちは、子役のような作り笑いを浮かべているだけだ。

BGMが変わり、おぞましい高笑いが場内に轟いて、ラスボス、クロガネショーグンの登場だ。

「エクスチェイサーども、今度は俺が相手だ」

たちまちクライマックス。高所アクションの畳み掛けだ。ただし、活躍するのは真太郎ではない。

自分はどうしてヒーローになりたいのか。

ショーが心底好きだった。それじゃダメなのか。

本物のヒーローに逢ったわけじゃない。未緒とは違う。

自分には何もない。

それじゃダメなのか。

くそう。

くそう。くそう。

自分は本物のヒーローに逢ったわけじゃない。この子供たちにもそう思わせるのか。

それならせめて、やれるだけの事をしなくちゃ。できる限りの、いや、〝できる限り〟なんかを越えた、自分の限界を超えたなにかを見せないと。

チビッ子たちの声が、遠ざかってゆく。心臓の音だけが聞こえてくる。

ヒーローにならなきゃ。信じてる自分がヒーローにならなかったら、いったい誰がヒーローになるんだ。