第二章 泣くなシンタロー!今日も夕陽は赤いのだ

第31話 克服

わるもn

真太郎は、突然ステージ脇の階段を駆け上がった。

ステージ上で戦っている出演者たちは、レッド真太郎の姿が見えなくなったことにしばらく気がつかなかった。

真っ先に気づいたのは、ブースのスタッフたちだ。

「ムービング! レッドをフォローしろ!」

照明ブースにイノさんの怒号に近い叫びが響いて、スポット照明がはりつくようにエクスレッドのフォローに入った。

それは予定には全くない段取りだったが、ステージ上で真っ先に気づいたのはテラだった。ブースの騒ぎと、光源の動きですぐにそれを察知し、クロガネショーグンは上方を仰いで指をさし、あらん限りの声で吠えた。

「おお! エクスレッドッ!」

コスチュームの中でマイクも通さない声なので、聞き取ることなどできない吠え声だったが、そのアクションで会場中の視線がレッドに注がれる。

バン!

くっきりとサーチライトが照射された。トップステージに仁王立ちになり、ブレードを構えたエクスレッドが眩しい光の中に現れた。

洪水のような拍手が湧きあがった。


袖でワイヤーを装着したクロガネ―ショーグンが勢いよくジャンプする。

宙返りにどよめきが起こり、大きく身体を伸ばし、ブレードを振り上げた状態で、トップステージに躍り上がった。

大歓声の中、エクスレッドとクロガネショーグンの戦いが始まった。

《ガツン!》

《キーン!》

《ダン!》

《ズざあああっ》

ブレードのぶつかり合いと接近戦による肉体のぶつかり合い。

そのどちらも食い入るように見逃さないタタキの箕浦が、正確にSEを合わせていく。

「音上げすぎないようにな。殺陣が充分迫力あるから」

ミツノリさんが真剣なまなざしでつぶやく。

「うおおおお!」

《グざああああ》

エクスレッドがクロガネショーグンにとどめを刺した。

断末魔の叫びと共に悶絶し、落下するクロガネショーグン。トップステージに一人残ったエクスレッド。

爆発の映像と爆発音がステージから客席に広がって消えてゆく。

立ち尽くすエクスレッドのシルエットを観客の心に焼き付けて、バトルは終焉した。



「どういうことだ!」

終演後の楽屋に、テラのがなり声が響く。

「どうしてこうなった!」

「テラさん、まだ客席で握手会やってますから、あまり大きな声は」

背中をまるめた水戸が猫なで声を出しても、テラのボリュームはいっそう上がるだけだ。

ふとした気配に振り向くと、インドで永年修行してきた僧侶のような穏やかな顔つきの小仏が立っている。

「砂川の時にやってたことだろ。砂川がリハーサルだったと思えば、なんてことないさ」

テラはぶつくさいう。

「俺の許可なく高いところにあがりやがって」

ひとしきりぼやいたあと、テラは立ち上がって、

「支配人、楽屋来るかな」

「山際さんですか? 今の回は来てませんでしたね」

名越が言う。

「約束が違うじゃねえか」

テラが小さく漏らす。



真太郎が握手会からもどるやいなや、

もうしわけありませんでした!

と全員に頭をさげて回った。

「テラさん、本当に申し訳ありませんでした!」

「俺だからどうにかなったけどな、ぶっつけのアクションなんてありえないんだからな」

真太郎はさらに深々と頭を下げ、

「段取りをやらせてください。落っこちも、フライングもちゃんとやりたいんです」

テラは笑い出した。

真太郎の意気を汲んで、その日の終演後、臨時でフライングの稽古が行われた。

トップステージのアクションを機に、真太郎は高所のアクションを恐れずできるようになっていたのだった。

「気持ち次第だったってことさね」

小仏が釣り上げられる真太郎にまぶしそうに目を細めながらテラに言う。

「あんたより素養はあったんじゃないか。絶叫マシーン平気だったんだろ」

「動物としておかしいんだ。生存本能が希薄なだけなんだよ」



翌日、日曜日本番。

レッドとクロガネショーグンが切り結びながらジャンプして、空中戦を繰り広げる場面では、ちびっ子たちから絶叫のようなうなり声のような歓声が沸きあがった。

終演後の握手会の列はずらっと伸びて、客席を越えてロビーまで連なった。

「ったくよお。やれんだったら最初っからやれっていうんだよなあ」

シャワーで汗を流して戻ってきたテラが、客席を映したモニターを眺めがらぶつくさ文句を言う。握手を求める列はまだ続いている。

気がかりなのは、今日も山際が来ていないことだが、映像記録は残してある。

「これでやっとだね」

小仏がぽつりと言う。

「うん。やっとだ。やっと・・・」

一人つぶやいて満足そうな笑みを浮かべる小仏に、

「ちょっと表の空気吸ってくら」

と去ってゆく。

その様子を見ていた磯貝が、キャットウォークへの鉄階段を軽やかに上ってゆく。




ワイヤーに吊られて宙を飛ぶと、子供たちの視線が一斉に自分に集まる。見上げた顔は、普通に座っている時よりはっきり見える。

この子供たちはヒーローを信じてくれるだろうか?

今なら未緒の言っていることもわかる気がする。ヒーローを信じる思いには優劣なんかない。真太郎のヒーローを信じる思いと、未緒のヒーローを信じる思いはつながっている。

スペシャルステージの台本の原案が楽屋に届いた。

送られてきた原案を、演出家やアクション監督、テラや磯貝も交えて、どんなアクションを挟み込んでいくか検討するのだ。

「おいこれなんだ」

コピー用紙をつかんで素っ頓狂な声をあげるテラに、アクション監督の吉田が、

「脚本家(ホンヤ)の先生が書いてきたんですよ。ラブ設定の延長ですね」

演出の小山田は、火のついてないタバコを弄びながら、

「レッドがやっと飛べるようになったってあちらさんにも伝えたんだよ。まあ、スペシャルってことだから」

「ほっといたってスぺシャルなんだから、余計なものはいらないのになあ」

小山田を睨みつつテラは、台本のト書きを読み上げた。

「『変身したレッドが、イズモ(変身前)の腰を抱いて、フライングする』・・・こんなの危なすぎる」

「そんなの二人とも吊っちゃえばいいんだよ」

磯貝が乱暴にまくしたてた。

「まあ、飛ぶったって、ダウンステージからメインステージに上がるくらいだったらどうにかなるんじゃないか」

小山田もこの案を採用しようと思っているようだ。

「変身前のやつを飛ばすのは無理がある。ハーネスとかサポーターとか仕込めないだろ」

テラが険しい顔で言い放つ。

「だったら台本通りレッドが腰を抱くしかないよ」

小山田はのんびりとした口調を崩さない。

「ほかの奴らならまだしも、よりによって真太郎だぞ」

磯貝はテラを見て、

「あいつ、ずっと筋トレしてるから、だいぶガタイ良くなってるんだぜ」

それは確かにそうなのだった。なで肩だった真太郎の肩も筋肉がついて、今ではいかり肩のように見える。

「とにかく、真太郎の野郎には、これまだ教えるな。あいつ調子に乗るだけだからな」

「もうあいつにこの紙渡しちまってるよ」

「なんだとお」

握手会の真太郎は、すっかりヒーローの気分になっていた。目をキラキラさせた子供たちの列は伸びている。

家族連れではない大人の観客も、心なしかうるんだ瞳でエクスレッドに握手を求めてくる。

――ありがとう。どうもありがとう。もっともっとがんばります。

真太郎はひとりひとりに心の中で声をかけていった。

スペシャルステージでは、未緒との共演がある、未緒とフライングする。

真太郎の未来はバラ色だった。

次の順番は、妙齢の女性だった。

子供の目線に合わせて屈めていた腰を伸ばし、女性に合わせてエレガントな雰囲気でお迎えすることにした。真太郎レベルのエレガントなどたかが知れているが、それでも、精いっぱいのおもてなしだ。

その女性は、真太郎よりも背が高いモデル体型だ。チビッ子たちに混じって握手会にまでわざわざ残ってくれるようなタイプには見えなかったけれど、静かな笑みをたたえる瞳にこの時を待ちわびていたような光を感じて、真太郎は男らしく両手を差し出した。

その瞬間、瞳の奥の光が炎にかわった。白い手が真太郎の両の手を素通りして振り上げられ、堅いマスクの側頭部にヒットした。

硬い指輪が当たったらしく、ガツンと激しい音がした。

軽い脳震盪のような衝撃にふらついた真太郎のボディに、今度は固く握りしめた拳が打ち込まれた。

「ンのやろーうっ!」

ガラッと形相がかわり、モデルから悪役女子レスラーに「変身」した女性がしりもちをついた真太郎にヒールの踵をぶち込もうと足を持ちあげたところに、隣で握手をしていたイエローがタックルで抑え込んだ。すぐにグリーンが真太郎を引きずって避難させた。

モニターを見ていたテラたちがあわてて客席へ飛び出してゆく。

子供たちは声をあげて泣き出している。親たちは必死に子どもたちの手をひいて会場を去っていき、自動的に握手会はお開きになった。

「ま、落ち着いて、ね」

こんなときには物腰柔らかな小仏が一番役に立つ。

奈落に設置されたベンチで、ホットコーヒーのカップを両手で包んだ女性は、少し落ち着きを取り戻した様子だった。

テラたちやセフティメンバーは言葉も見つからず、奈落マットのそばでベンチの女性を遠巻きに見ているのみだ。

俯いて熱いコーヒーに口をつける女性の隣に小仏が座った。事情を聞こうと、肩に手をやったところで、楽屋廊下に足音が響く。一同が戻ってきたようだ。

コーヒーカップが転がって、あっ熱! 小仏が声をあげた。

女性が立ち上がってレッドの前に駈け出そうとする。あわてて水戸が大きな身体でブロックした。遅れて後を追ってきた小仏が背後から女性を羽交い絞めするようにして引き止める。

「お前、何したんだ! この人に!」

大声で聞くテラに首をふって、慌てふためいて真太郎はレッドのマスクを外した。

その素顔を見た途端、女性は小さく、あっ、と声をあげて、その場にへなへなと座り込む。

「人違い。ってこと?」

小仏の言葉にゆっくりと頷く女性。

「誰と間違ったっていうの?」

さっきまでの大人びた様子とはうって変わったぎこちないしゃべり方で、女性は語りだした。

「帰ってくるって噂を聞いたんで」

テラが身を乗り出して問いかける。

「誰が? どっから?」

「ハリウッド・・・」

「ハリウッド!」

テラと小仏が同時に叫んで顔を見合わせる。

「なんですか?」

コスチュームを脱いだ真太郎が怪訝な顔で話に加わる。

「やつだ」

「奴だね」

「誰なんですか?」

テラは深く息を吐いて、ベンチにゆっくり腰をかけた。そして、長らく口にしていなかった名前を口にした。

「タケルだ」

よく事態がつかめていない真太郎の顔をじっと見つめて、小仏が男のフルネームを告げる。

「タカチホ・タケルだ」

そこにいた誰もが、驚きの表情を隠せなかった。

真太郎も皆と同じく驚きの表情を浮かべて、ああ、と小さくつぶやいていた。

高千穂武尊。

その名前は、ヒーローオタクの真太郎なら、当然知っていて当たり前の男だった。

テラと並ぶ、もうひとりの、伝説の男。