第三章 タケルよ嗤え! 真夜中の牙をむけ

第35話 イノさんについて

わるもn

磯貝は硬い口調で真太郎に告げる。

「そういうロマンは、はっきりさせないほうがいいってもんじゃないのか。誰かが襲われたってわけじゃなし。なんか上から怪しい声が聞こえたってだけだからな」

有無を言わさず磯貝に追い立てられるように表に出た真太郎。

冷えた空気が頬にあたり、少し落ち着いたところで、今度は脇の喫煙所にいたイノさんに呼び寄せられた。

「おおかた発情期の猫でもいたんじゃねえの」

キャットウォークだけに、と真顔で口をすぼめて細い煙を吹き出す。真太郎が磯貝への疑惑を口にしても、取りあう様子も見せずに、

「しけたツラしてないで、小仏ちゃんからもらった役を早くモノにするこった」

「分かってるんです。そんなことは」

真太郎はしけた顔のまま、ベンチに腰かけて口をとがらす。

「わかってるんですよ」

真太郎は、ベンチに腰かけているのもいたたまれないのかすぐに立って、

「どうしてテラさんと武尊さんはあんなに息がぴったり合ってるんですか」

なんだ。イノさんは上目遣いに真太郎を見て、

「もしかして嫉妬してるのかよ」

「違いますよっ」

真太郎は思わず立ち上がった。

ベンチがガタンと揺れて、バランスを崩しそうになったイノさんが持ち直し、もう一本タバコを箱から出して火をつけた。

「ジャズのセッションみたいなもんだろ」

納得いってないような真太郎にさらに続けて、

「そもそも、テラがずーっと続けてたテレビのレッド役を途中降板して、その時に急きょ抜擢されたのが武尊なんだ。だからあの野郎はテラの動きを受け継がなきゃいけなかった。あいつは見事にコピーしやがった。元々見てやがったんだな、テラの事を」

「そんなのだったら僕の方がずっと見てると思いますよ。テラさんがレッドをやってた頃のシリーズのDVDを取り寄せて、古いものから順に見てるんですから」

「金持ち坊ちゃんはハイテクだな」

「坊ちゃんで何が悪いんですか」

「俺、時々お前のこと、嫌いになるよ」

イノさんのボヤキも耳に入ってないのか、真太郎は聞く。

「テラさんの途中降板っていうのは、自分からやめたんですか? それともやめさせられたんですか?」

恋人の素行調査でもするかのような真太郎に、イノさんは煙を吐いて、

「どっちでもいいだろ。どっちにしろ続けられなかったんだ。いつかあいつ本人から聞きな」

真太郎は怪訝な顔をそのままに、

「あの、だいたいテラさんって、どうしてテラさんっていうんですか。飛葉辰仁なのに」

「今さら聞くかァ」

イノさんは煙を吹き出してから、

「あいつが初めてやったシリーズは?」

「シリーズ第八弾、古代絶隊ジュラゲンジャー」

の? なに? と問いかけるイノさん。

「の、レッドテラノ」

「で?」

「レッドテラノ、のテラですか」

深く頷くイノさん。

「あのころ俺はよくあいつと出てたよ」

「出てたってなんですか」

ポカンと問いかけた真太郎の顔がみるみるこわばって、

「ええええっ、ちょっと」

真太郎の絶叫は大きかった。防音扉が開いて、何事かと誰かが出てくるのではと思えるほどだ。

「イノさんって、まさか」

言いかけて慌てて首をふった。

「いやいやそんな馬鹿な。ありえないありえない」

イノさんは煙草を口のはしに移動させ、人差し指を鼻の頭に置いた。

「よおく見たまえ」

じっと見るものの、団子ッ鼻の下の白髪交じりの無精ひげ、肉厚な下まぶたのふてぶてしい顔は、せいぜい人に言えない怪しい仕事でもしているようにしか見えない。

「どっから見ても役者ヅラだろ」

固まった表情で真太郎は首をかしげる。

「若いころ大部屋役者だったんだよ。テラも撮影所出身みたいなもんだから、よく現場で一緒になったもんだ。年も一つ違いで気が合ってな。お前よ、俺の照明、役者の生理が良くわかってる照明だって言ってたじゃねえか」

「言ってません」

「じゃあ空耳か。鈍感な野郎だな全く」

イノさんはまだ衝撃をうけたままの真太郎に煙を吹きかける。

「あいつが昔、レッドテラノだったころ、俺はブルーイグアノだった」

指をパチンと鳴らしながらイノさんは言った。

「坊やは最初に俺の事、着ぐるみ着れないとかいいやがったけど、着てたんだよ。まあ、今は着れねえけど」

はあ、とまだ呆然としている真太郎。

「坊や、こんなとこでウダウダ言ってるうちにな、あっという間にスペシャルステージだぞ」

真太郎は押し黙ろうとしたが、たまらずげほげほと咳をした。

「お前がピンクをちゃんと作っとかないと、ホントのピンクが困っちまうだろ」

「僕だってホントのピンクですよっ」

イノさんの言うホントのピンクとは、もちろん未緒の事だ。

図らずも真太郎と未緒は、これからはじまるスペシャルステージでエクスピンクを変身前と変身後として演じることになる。

イノさんが口をすぼめて、煙をわっかにして吐き出す。

「お前の顔は今、真っピンクになってるぞ」

えっ、と慌てて顔を触ってみても、何もわからない。

「わかりやすいお前にクイズだ。ピンク色がお熱をあげると何色になる?」

「な、なんですか」

「何色になるか言ってみろ」

「あか、ですか」

「ピンポーン」

「な、なんなんですか」

「ピンクを真っ赤っかに燃え上がらせちまうかもしれない野郎がいるんだよ。意味わかるか?」

イノさんは目を点にした真太郎に煙を吹きかける。

どういうことですかと真太郎が問いかけようとした瞬間、楽屋口の扉が開いた。

ジャージ姿の高千穂武尊がくわえ煙草でこっちにやってくる。

真太郎が食い入るように見てくるので、

「なんか用か?」

首をふる真太郎に、武尊は突然思い出したように、

「おうお前、差し入れ食ったか? フルーツプリン」

渋い顔で首をふる真太郎に、武尊は悪意のかけらもない満面の笑顔を向ける。

「俺のファンからの差し入れだけど食っていいから。うまかったあ、ももプリン」


武尊が、ももプリンの味を思い出してとろけるような顔をしたとたん、弾かれたように、

「うわわああやめてええっ」

叫んで楽屋に戻っていく真太郎。

首をかしげる武尊に、

「お年頃なんだよ」

面白そうにイノさんはタバコをもみ消した。