第三章 タケルよ嗤え! 真夜中の牙をむけ

第36話 ヌードアクター

わるもn

『スペシャルステージ 素顔のヒーロー見参! エクスチェイサー頂上決戦』
派手なタイトル文字が踊るポスターが、休演日のヒーローパルテノン劇場窓口に貼りだされている。

テレビでしか見られなかった素顔のヒーロー五人に生で会える!

いつもは係員が詰めているチケットブースにはシャッターが降りていて、江戸文字で印刷された「満員御礼」の札が二枚斜めに並んで貼られている。

チケットはインターネットの予約分だけでほとんど売り切れてしまっていた。

楽屋に入った真太郎は、自分の鏡前に見知らぬバッグが置かれているのに気づいた。

私物には無頓着なメンバーが多く、誰の鏡前でも気にせず適当に放り投げるようにバッグを置いて支度に入る者もいるので、またそんな感じかと持ち上げてみると、全く見おぼえのないバッグだ。

開けてみると、タオルにTシャツなどが無造作に放り込まれていて、見たかぎり個人を特定できるものは見当たらなかった。

タオルの下にポーチが見え隠れてしている。取り上げてみると、それは赤色のストラップがついたシンプルなものだ。

「なんだこれは」

思わず声に出た。

ストラップの赤いボール状のものは親指と人差し指で作ったわっかより少し小さく、けば立ったように色あせ、まるで小動物が何度も噛みしだいたかのように、異様に変形していた。

ほんの少し寒気を覚えながら、真太郎がそれを凝視していると、

「真太郎おはよう」

背後からの未緒の声で、瞬時に真太郎は、今日から素顔のヒーローたちが稽古に参加することになっていたのを思い出した。目にもとまらぬ勢いで真太郎はポーチを戻しバックのファスナーをしめた。

「あ。今日からだっけ」

「うん。女子の楽屋、前のスペシャルステージから使ってなかったんで、物置になっちゃってるから片付けしてて。私のバッグ、真太郎の机にちょっと置かせてもらってた」

言いながらバッグに伸ばした未緒の手が止まった。ファスナーの隙間から赤いボールのストラップが飛び出している。

「あれ?」

「え?」

真太郎は、さもはじめてバックに注目したようなリアクションで、

「あれ、なにかなその赤いものは」

と、白々しく聞くのだった。

未緒は真太郎のことを疑うでもなく、バッグを開けてポーチを取り上げて、

「お守り」

屈託なく言う。どうやら怪しまれなかったようだ。

ほかのメンバーたちもヒーローパルテノンにやってきた。

素顔のエクスブルー、ジョー・イッキ役の麻田海斗は、さっそくショーのブルー役のキャストと2ショットの写メをリクエスト、二人そろって親指立てたポーズでフレームに納まった。

素顔のエクスイエロー、アイダ・トオル役の岡倉大貴は、イエロー役のキャストと劇場付近のスイーツ情報を共有すべくアドレス交換をする。

素顔のエクスグリーン、マイト・リョウ役の松崎悠は、グリーン役のキャストと名乗りのポーズを見せあって、同じポーズを作れるように調整をはじめた。

お互いが同じキャラクターを共有する〈バディ〉だ。それぞれがすぐに打ち解けている。

何度も現場に参加しているテラに対しても、すでに顔見知りの素顔のヒーローたちは打ち解けた笑顔を見せる。セフティやツブテのメンバーも会話に加わって、場は和やかに賑わった。

「ええっ」

ジャージ姿に着替え終わった未緒が大声をあげた。

「小仏さん、いないんですか」

「なんか、すいません」

しゅんとして言う真太郎に、

「真太郎とバディっていうのがダメっていうんじゃないんだけど」

そう言いながら全く嬉しそうに見えないのは小仏への惜別の思いだろうか。しかし、テラを見つけると、とたんに笑顔になって駆け寄って、

「あの時はホントにありがとうございました」

食いつきそうな勢いで感謝の言葉を伝える未緒にテラは後じさりする。

「テラさんはわたしの命の恩人です」

テラはようやく先日の撮影の事を思い出して、

「あの程度で恩人っていうなら、俺の周りは恩人だらけだ」

「テラさんには足を向けて寝られません」

「だったら、俺なんか立って寝なきゃいけなくなるよ」

褒められるのが苦手なテラはずっと渋い顔だ。その後ろで真太郎はもっと渋い顔をしているのだった。

「武尊さん!」

素顔のエクスレッド、春原栄進が一年間の撮影で培ったさわやかな笑顔を浮かべて、武尊にかけよっていく。

「ゲン・ナオト、エクスレッド役の春原栄進です。どうぞよろしくお願いしますっ!」

体育会系の勢いある挨拶で、まずは好印象を持たせようというのだろう。洗いざらしのTシャツの胸を張った春原は、

「伝説のスーツアクターさんと二人一役ができるなんて、すごくうれしいです」

これでつかみはOKとばかりに満足げな顔をあげると、武尊の眉がピクリと動いた。

「スーツアクターだと」

「はい?」

ただならない雰囲気に、春原の笑顔はそのまま貼りついた。

「伝説のスーツアクターって、あのネットに書いてあったんで」

「お前、便所の落書きなんか鵜呑みにしてるのか。大体スーツアクターのスーツってのはなんのことだ。言ってみろ」

「ええと。スーツ・・・コ、コスチューム? き、着ぐるみぃ・・・ええと」

「じゃあ何か? スーツを着てねえ時の俺は、ヌードアクターってか」

「いやそんな。すいません。いえ。そうじゃなくて」

巷のお母様を虜にしてきたさわやかスマイルはどこかへすっとんでしまい、春原はたちまち泣きそうな顔になった。

その目の前に、武尊のぎゅっと固めた右手が突き出されて、誰もが、殴られる! 
と思ったその直後、武尊は突き出した拳を開き、春原の手をぎゅうっと握って、ナイスチューミーチューと言うのだった。

「こちらこそよろしくおねがいします」

春原はシェイクされた声で返すだけで精一杯だった。

イノさんに余計なことを吹き込まれた真太郎は、武尊のジョークにもまったく笑えなかった。ドーベルマンに牙をむくティーカッププードルのように、その盛り上がった背筋に睨みをきかせることしかできないのだった。

今は。