第三章 タケルよ嗤え! 真夜中の牙をむけ

第37話 夢のステージ

わるもn

一月最終週の土曜日。

ヒーローパルテノンの客席に空席は一つも見当たらない。

ネットの抽選販売だけで、たちまち売り切れてしまったスペシャルステージ、『素顔のヒーロー見参! エクスチェイサー頂上決戦』初日第一回公演。

運よくチケットを手に入れた家族と、筋金入りのマニアたちは期待に顔を輝かせ、あと数分で激しいバトルが展開するであろう暗いステージを食い入るように見つめている。

突如ドラムの音が響き渡って、フラッシュライトが激しく点滅する。

観客たちはいっせいに腰を浮かせて、割れかえるような大歓声が沸きあがった。

オープニングテーマに乗って、客席をサーチライトがぐるりと照らしてゆく。

ライトはステージを滑るように移動していく。点々と、ライトが映し出したシルエットが五つ。

五人の素顔のヒーローたちが、ステージに立って、ポーズを決めた。

歓声と拍手が会場を揺るがし、『超絶戦士エクスチェイサー FINAL STAGE 素顔のヒーロー見参! エクスチェイサー頂上決戦』のタイトルが映し出されて、暗転。

暗闇に盛大な拍手が残響する。

やがて拍手は波のように引いて、暗転があけると、五人の素顔のヒーローたちが他愛ない言葉を交わしはじめる。

最初に口を開いたのは、エクスイエロー役の岡倉大貴だ。

「いやあ、ここのところ、のんびりしていいねえ」

「平和だねえ」エクスブルーの麻田海斗が続く。

「正月だから、悪いやつらもお休みしてるんじゃないの」

弟キャラのエクスグリーン、松崎悠がノー天気に言うと、客席から温かい笑いがこぼれる。

「お前たち、悪いやつらが正月休みなんかするわけないんだから、気を引き締めとけよ」

リーダー春原が激を飛ばすと、岡倉が、はいはいと言って階段に腰かけると、麻田が、そういえば、と声をあげる。

「正月と言えばさ、みんな初もうで行った?」

「初もうでいった人。はーい」

松崎が客席に人なつこそうな笑みを向けて手を上げてみせた。

元々ミュージシャンをしていたため路上ライブなどで〈客いじり〉も嫌味なくやってきた松崎の突然のアドリブめいた言葉に、客席から即座にたくさんの手があがる。

「行ったよ行った」未緒が笑顔で手を上げる。

「イズモは何をお願いしたんだよ」そう聞く春原。

「わたしはね、ナイショ」

「なんだよそれ」岡倉は階段に寝転んで伸びる。

未緒が春原に上目づかいで聞く。

「ナオトは? 初詣でお願いした?」

春原は胸を張ってみせて、

「もちろんおねがいすることは決まってる。世界の平和だ」

「やっぱすげえ」と岡倉。

「やっぱり、リーダーは違うわ」麻田が深く頷いてみせる。

観客はテレビ版を見ている人ばかりなので、テレビそのままの仲の良さが感じられるやりとりに、ときおり笑いが起こる。

しかし、和やかな時間にもすぐに終わりが来るのだった。

照明が変容し、素顔のヒーローたちに不穏な影が落ちた。

不吉なコードがかき鳴らされ、ステージが異様な緊張感に包まれる。

「みんな気をつけろ!」

春原が声のトーンをするどく変えるやいなや、ツブテたちがあらゆるところから登場する。

「でたなっ!」

いっせいに襲いかかるツブテたち。

ツブテの登場はアクション監督、吉田の提案で、布を使う空中パフォーマンス〝エアリアルティシュー〟を採用している。

帯状の強度のある長い布を身体に巻きつけたり足に絡めたりして、ブランコの要領で宙を飛ぶアクロバットサーカスの技だ。

振り子のように客席上空を旋回するツブテ。

布を巻きつけ、キャットウォークから、ヨーヨーを手放した時のように回転しながら降下するツブテ。

敵役とはいえ、華麗な技に客席から驚きの声があがる。

未緒のアクションはまだぎこちなさが見えるものの、どのメンバーよりも気迫がこもっていた。

紅一点のアクションに観客の視線が注がれる。

テレビから飛び出したヒーローたちの生のアクションで、早くも観客の興奮は最高潮に達している。

そしていよいよ、一年を通して唯一の、スペシャルステージだけの見せ場、変身シーンだ。

「エクスチェンジ!」

まず春原が変身の掛け声をかける。同時に照明が落ちて、この日のために、テレビ版の変身シーンをステージ用にバージョンアップした映像がステージ全体に映し出される。

すかさず背後に待機していた武尊扮するエクスレッドが瞬時に春原と入れ替わった。

拍手があふれ、エクスレッドがその場できりもみ回転しながら着地する。

今回の変身は、五人一斉ではなく、一人ずつアクションの見せ場を披露して変身する構成になっている。

続いてトップステージに立ったブルー麻田海斗が、「エクスチェンジ!」と叫びながら、奈落へ〈おっこち)をする。麻田が奈落に消えるやいなや、脇の出捌け口から変身後のブルーが飛び出してツブテを回し蹴りして名乗りを決める。


イエロー岡倉はツブテたちに取り囲まれた。

じりじり間を詰めるツブテたちがとびかかろうとする瞬間、「エクスチェンジ!」叫び声が響き、ツブテのスクラムが蹴散らされると、その中心で変身したエクスイエローが名乗りを上げた。

グリーン松崎は、ツブテたちが使っていたエアリアルティシューのリボンを手にかけ、ターザンさながらにぶら下がりながら、「エクスチェンジ」と叫んで、一瞬袖に消えた。

再びリボンにぶら下がって戻ってきたときにはエクスグリーンに変身している。そして名乗りのポーズ。

残った未緒は、ダウンステージでツブテ相手に善戦しているが、徐々に追いつめられる。

「イズモっ!」

エクスレッドが叫んで駆け寄った。最高のタイミングで磯貝が振り下ろしたワイヤーを瞬時に手にかけ、同時に未緒の腰を抱いてトップステージに上昇する。

エクスレッドの、ヒロインを抱いての飛翔に、ちびっ子と女性ファンの絶叫が会場を揺るがす。
トップステージにイズモを着地させると、エクスレッドはすかさずワイヤーを離して奈落に消える。

直後、手品のように脇から飛び出し、再びバトルを繰り広げる。

トップステージのイズモは、「エクスチェンジ」と叫びながら駆け抜ける。

下手側にある大きな柱の裏を駆け抜けた時には、すでにエクスピンクに変身しているのだった。

それは柱の陰で待機していた真太郎と未緒が入れ替わっただけなのだが、素早いチェンジに、大きな拍手が起きる。

階段を下りながらツブテを蹴散らし、客席側にせり出した踊り場でエクスピンクが名乗りを上げる。

最後に、様々な場所で戦っていた五人のヒーローたちが一斉に、

「超絶戦士エクスチェイサー!」

全員そろっての名乗りに、会場は津波のような歓声に包まれる。

「もう! しつこいやつらだなあ」

エクスレッドが叫ぶ。それはこれまでの公演の録音の声ではない。素顔のヒーローたちは舞台袖に移動して、舞台上のヒーローたちのアクションを真剣に見つめていた。

彼らはステージ上のアクションを袖から見ながら、そのアクションに合わせて生で声を〈充て〉ているのだ。

「今日は徹底的にやってやる!」

春原の声は、目立たぬよう肌色のコードで頬に沿わせた小型マイクを通じ、エクスレッドの声として舞台上のスピーカーから響きわたっている。

生の声とシンクロした武尊の動きは、録音の時とは別の迫力を生み出している。

「レッド、気をつけてっ!」

未緒の声に合わせて、真太郎がレッドに手を差し伸べるアクションをとった。

真太郎のアクションと未緒の声も見事にシンクロしている。

そしていよいよ、テラが扮する新しいラスボス、キャプテンコンゴーの登場だ。

怪しいBGMに乗って、梶やんが仕込んだ煙が立ち込め、稲光の映像が映し出される。

フラッシュの瞬きが収まると、メインステージのセンターに、スペシャルステージの為の悪の幹部、キャプテンコンゴーが仁王立ちしている。

エクスレッドの、キサマは誰だっ! の叫びに、

「俺は最高幹部のキャプテンコンゴー」

クロガネショーグンとは別の声優を起用して録音した、おごそかで凄みある声が客席に届く。

肘に力を込め、両の拳を握って、

「いくぞ、エクスチェイサー!」

言葉と同時にジャンプして、ヒーローたちが構えているダウンステージに踊りこんだ。

テラと武尊がアクション監督と共に練り上げたアクションが始まった。今回もフライングが導入されている。

「ううっ」

「たあっ」

気合いの声と同時に舞い上がるエクスレッドとキャプテンコンゴー。

今回は舞い上がるのではなく、壁沿いに立って、上から垂直に吊り上げることで、壁をかけあがるようなアクションも加わっている。

そしてそこから離陸するようにフライング。

斬新なアクションに客席から拍手が湧きあがる。

脇ではツブテたちがエアリアルティシューの技で上下のアクションを見せる。

その中を自由に飛び交いながらエクスレッドとキャプテンコンゴーがバトルを繰り広げる。

このバトルでは、キャプテンコンゴーが優勢だ。

キャプテンの一撃で、エクスレッドは、風にまかれた凧のようにふらついて、かろうじてダウンステージに着地したものの、立ち上がる気力を失っている。

客席から必死の声援が飛ぶ。

「どうしたエクスチェイサー、もうおしまいか」

トップステージに悠々と舞い降りたキャプテンの嘲笑が響く。

「レッド! 大丈夫かっ」

グリーンが叫ぶ。ブルーがこぶしを振り上げて、

「よし、エクスボンバーだ!」

この声で、グリーン、イエロー、ピンクが顔を上げる。

最後の技は、テレビ版の後半に、全員で体得した究極技『エクスボンバー』のステージ版だ。

テレビではCGや合成を駆使しており、生身の人間がとうてい再現できるものではないので、ステージ用にブルー、イエロー、ピンク、グリーンの四人がアクロバットをしたのちにスクラムを組み、レッドにパワーを充填する形にアレンジしているのだ。

アクロバットは、変身後のメンバーだからこそできる技が割り当てられている。

「エクスブルー、パワー充填!」

エクスブルーのパワー充填のアクションは名乗りの決めポーズに即宙(即方宙返り)を組み込んだものだ。

「エクスグリーン、パワー充填!」

エクスグリーンのアクションはハンドスプリング(倒立回転飛び)を取り入れている。すばしっこくて小回りの利くアクションが得意なキャラクターが活かされている。

「エクスイエロー、パワー充填!」

エクスイエローはバク宙(後方抱え込み宙返り)のアレンジだ。

「エクスピンク、パワー充填!」

エクスピンクは、上半身を大きくふった勢いで両足をジャンプとともにふわりと舞わせる、バタフライツイストのアレンジになっている。

テレビ版の技を発展させて、真太郎が繰り返し練習してマスターした。

そうして集まった四人がレッドを囲んで手をかざし、一斉に叫ぶ。

「フルパワー充填!」

《ぎゅるるるるるううううん!》

SEと照明のグラデーションに彩られ、レッドが両足をどん、と踏ん張って、ぐいっと立ち上がる。

仲間のパワーを受けたエクスレッドにはワイヤーが装着されている。

「うおおおおおっ」

雄叫びと共に大きくジャンプしたエクスレッドは、キャットウォークぎりぎりまで高く舞い上がった。

そこでワイヤーを切り離し、落下しながら回転してエクスボンバーのポーズを決め、キャプテンコンゴーがおののいているトップステージでパンチのポーズを炸裂させた。

実際には、キャプテンの前を落ちてゆく時にパンチのポーズを決めるだけだが、その一瞬に、キャプテンコンゴーの打撃を受けたかのようなリアクションと、スタッフが繰り出す音に照明、映像がリンクしないと決まらない難しいパートだ。

「エクスボンバーッ!」

春原の大絶叫と共に、激しい爆発音と爆破の映像がステージの壁いっぱいに映し出され、シルエットのキャプテンコンゴーが、断末魔の叫びと共にもがきながら奈落に落下してゆく。

拍手の渦に押されながら、暗転と共に真太郎たちは舞台裏に戻った。

入れ替わりに、変身を解いて素顔に戻ったヒーローたちがステージに登場して、エンディングに流れてゆく。

拍手はまだまだ長く尾を引いていた。

こうしてスペシャルステージ初日、一回目公演が終わるのだった。