第三章 タケルよ嗤え! 真夜中の牙をむけ

第38話 面会客の作法

わるもn

スペシャルステージの初日、それも一回目ともなると、終演後の楽屋への面会客は多い。

テレビシリーズの制作会社や、放送局のプロデューサーが来れば、おのずと俳優たちのマネージャーが挨拶にはせ参じる。

撮影現場には顔を出すことが許されなかったキャストたちの親戚や家族が大挙してやってくるのも、面会が許されるステージならではだ。

面会客で楽屋の脇にある搬入口の広いスペースはたちまち賑わって、楽屋廊下にも面会者パスを首から下げた縁者たちが、華やいだ声を上げている。

面会者のいないレギュラーメンバーは、邪魔にならないよう暗い奈落のベンチ周辺で待機するか、ほとぼりが冷めるまで喫煙所や外で時間をつぶすのが恒例だった。

「みなさんここにいたんですね!」

明るい声が反響して、未緒が奈落スペースに中年女性を引きつれて入ってきた。

「ご挨拶だけでもと思って。私の伯母です」

未緒の紹介をうけた中年女性は、よそゆきの笑みを浮かべて頭を下げる。

「伯母の美知枝でございます。いつも美鶴が、あ。そうじゃない。未緒がお世話になっております。もう、ここでは未緒なのよね。どうも慣れなくて。ごめんなさいね」

「へえ。未緒の本名って、美鶴って言うんだ」

ベンチの男たちは口々にへえ、とか、いい名前じゃん。などと感心しきりだ。

同じくベンチにいたイノさんは、言葉を発さず、まだ火のついてないくわえ煙草を親指と人差し指で挟んでコロコロと転がしながら、顔をあげて未緒の顔を見た。

「本名は相澤(あいざわ)()(つる)って言うんです。みつるって言うとなんだか男の子みたいだから、芸名で行こうって事務所の社長が考えて、未緒ってつけてくれたんです。緒って言うのはなんかスタートって意味があるらしくて。だから未だ、スタートだぞっていう意味なんです」

未緒の解説に、伯母がとりつくろうように言う。

「〝みお〟も〝みつる〟もどっちも、みではじまるから、あたしいつも、みって言ってから、つるって言っちゃう。しょうがない。ずっと美鶴って呼んでたんだから」

「良い名前じゃないか。美鶴ってなあ」

イノさんが突然、距離感を無視したような大声を出した。未緒が伯母に、照明スタッフのイノさん、と小声で伝える。

火のついていない煙草をくわえて目を細め、奈落の奥の暗がりをうかがう。

「喫煙所あたり、もう人の出入りもあまりないみたいですよ」

気をまわしたメンバーの一人にイノさんは声を強めて、

「馬鹿野郎。俺がここに居ちゃいけないのかよ」

そう言って、どうぞ続けてとばかりに手を差し出し、また目を細め、火のついてない煙草をくわえなおした。

未緒は、ベンチの面々を紹介しようと。

「一緒にエクスピンクをやってる、百地真太郎」

立ち上がって緊張気味に、「どうぞよろしくお願いします」と挨拶をする。

「未緒の親戚」ということを必要以上に意識して妙に固くなっている真太郎に、周りの諸先輩は愉快そうな視線を送る。

伯母は、真太郎の心中など知る由もなく、未緒のパートナーの全身をしげしげと眺めて、いぶかしげな表情を浮かべる。

「うん? ちょっとわからない。未緒がピンクなのよね。こちらもピンクっていうのは、どういうこと?」

「こりゃいいお客さんが来ましたよ」

メンバーの一人がうれしそうな声をあげる。きょとんとした伯母に未緒はあきれて、

「ちょっとやめて。さっきわたし変身したでしょう? あのあとのピンクは、全部真太郎がやってくれてるんだよ」

「ん? ん? ごめんね。ちょっとわからない」

未緒は深くため息をつく。

「さっきエクスチェーンジって言ったでしょ。変身の言葉」

記憶を反芻しながら頷く伯母。

「あそこでみんな、入れ替わってるの。ここにいる人たちに」

「ええっ。それって!」

廊下の減りつつある面会客に目をやって、急に声をひそめて、

「それって、みなさん知ってる事?」

伯母が狼狽しまくっていると、メンバーの一人が真剣な顔を近づけて、

「実はコレ、未緒の伯母さんだから特別に教えてるんです」

未緒の困った顔を横目に、

「これはですね」

と、秘密とばかりに口の前に人差し指を立てる。

「そうなんですね。じゃあ」

伯母も口をきりっと口にチャックをするしぐさを見せた。


「信じやすい人なんで、やめてもらいますか」

あきれながらも未緒はメンバーを紹介した。

「ブルーさんと、グリーンさんと、イエローさん?」

まだ混乱したまま、一人ずつ確認をする伯母は、

「レッドさんはいないの?」

首をかしげる未緒。

「喫煙所に避難してますよ。あの人は自分が主役じゃない場は興味ないんで」

誰かが言う。

伯母は、まだなにか引っかかっているらしく、

「変身した後の人たちにもおっきな声だして応援しちゃったわよ」

ともったいなさそうに言う。

「それは別にいいんだよ」

未緒の声を無視して、伯母は、不思議そうな顔で真太郎を見つめる。

「え? なんですか」

真太郎が聞くと、

「あなた、男の方ですよね?」

「え、あ、まあ。はい」

伯母は頷きながら、すごいわ、とつぶやいた。

「だって、動きがほんとに女の人に見えたもの。美鶴より女っぽいところもあったぐらい」

「ちょっとやめて」

「美鶴より美鶴っぽかったんじゃないかしら」

「なにそれわかんないから」

伯母は真太郎の手を取って頭を下げる。

「あなたは、ほんとうに美鶴の事、一所懸命見てくれてるんですね」

え。伯母の言葉にしどろもどろになってしまう真太郎をよそに、イノさんが口を開いた。

「もう一人、紹介しなきゃいけない恩人がいるんじゃないのか」

「そうだテラさんだ! テラさん紹介しないと! テラさんは?」

イノさんは奈落の奥にあごをしゃくって、

「奥にいる。コスチュームが破損したとかで、水戸に直してもらってる」

「そうなんですか? テラさん!」

未緒が立ち上がって奈落の奥に向かおうとする。伯母も立ち上がって未緒の後に続くと、イノさんが奥の暗がりに向かって、

「テラよぉ、美鶴ちゃんの親戚の方がご挨拶したいってよ」

間もなく奥から登場した大きな影に、伯母はあらま、とつぶやいた。暗がりの奥から現れたのは、キャプテンコンゴーだ。

「どうも」

くぐもった声で頭を下げるキャプテンコンゴー。

「こんな格好ですいません。コスチュームの修繕中なもんで」

「ええと、あの、テ、テラさんです」

めんくらっていた伯母は、未緒の紹介に笑みを取り戻し、



「いつも娘がお世話になっています。美鶴の伯母の美知枝です」

「あの・・・」

暗がりからもう一つ、大きな影がこっちに近づいてくる。

「あら、別の怪人?」

素っ頓狂な声をあげる伯母に、腰をかがめて蛍光灯の下で顔を照らしながら、

「水戸と申します。生身です」

未緒がうんざりした声をあげる。

「ホント普通の人に向かって怪人とかいうのやめてよね」

イノさんはダイダラボッチのように突っ立っているテラのキャプテンコンゴーを愉快そうに見上げながら、思わず煙草に火をつけようとして、禁煙ですよ、と水戸の不機嫌な声にたしなめられるのだった。