真太郎が振り返った。
「なんですかそれは」
「だから、その、つまり誘拐っていうか」
口ごもる水戸に、真太郎は疑りの目で、
「誰が誘拐されたんですか」
「テラさんの楽屋にあった、レッドの人形だ」

みるみるボリュームが落ちてゆく言葉に、真太郎は心底うんざりとした顔になる。
「そういうのは盗難って言うんでしょうが。だいたいあんなもの盗む人いるわけないでしょ」
「あんなものとは何だよ」
「僕はね」
真太郎は歯を食いしばる。
「今、それどころじゃないんです」
「なんだよ。お前、なんかちょっとおかしいな」
水戸はあらためて真太郎をしげしげと見た。
「どうして女って、危険な方へ危険な方へ、ガケの方へガケの方へと行こうとするんですか」
真太郎はすっかりやけになっていた。
「なんだよ急に」
真太郎は体当たりでもする勢いで、
「教えてもらえませんか。安全なのと、危険なの、どっちがいいんですか。聞くまでもないと思いますけど、長い人生を加味すれば、どう考えても前者でしょう。なのにどうして危険な方へガケの方へと行ってしまうんですか」
「お前の言ってることがなんなのか全然わからないけど」
怪訝な顔の水戸に、真太郎はしばらく押し黙ったあと、
「すいません。全部独り言です。水戸さんに聞いたわけじゃありません」
水戸は少し黙ったあと、わざと目をそらすようにして、
「安全なのが一番だよ」
真太郎が顔をあげる。
「ショーだって、危険っぽく見せてはいるけど、実際は安全なんだ。どんなにすごい見せ場だって、絶対に安全じゃないかぎりは絶対にやることはないんだから。俺たちの中には危険ってのはないんだ。それが俺たち、セフティの役目なんだ。わかったか」
「わからないです」
「だからな、セフティになって一番最初に叩きこまれることはな」
再び声を荒げそうになった水戸をさえぎって、
「もういいです。わかりました。すいませんなんでしたっけ? レッドの人形ですよね。盗まれたっていうのはどういうことですか」
水戸は声を潜めて、
「昨日、いつもの通りテラさんの楽屋の掃除に入ったんだよ」
そう言うと、泣きそうな顔になって、
「なかったんだ。人形が」
「聞いたんですか。テラさんに」
水戸は頷きながら、聞いた。と力強く言った。
「なんて言ったんですか」
「どうしたんですか? って聞いたら」
「はい」
「そしたら、うん。まあ、って」
「え?」
「うん、まあ、だぞ? 取り乱してる感じじゃないし、すごいさらっと、うんまあって」
「家に持って帰ったんじゃないですか」
「違う」
水戸は何度も首を振る。
「どうして違うってわかるんですか」
「家に持って帰ったんなら家に持って帰ったって言うだろうが。それが、うんまあだぞ。すごく元気なくうんまあだぞ。だいたいずーっと置いてあったものをわざわざ持って帰るかよ」
「そういうこともあると思いますけど」
「ネコ飼ってるんだよ」
「ネコ? テラさんがですか?」
真太郎は素っ頓狂な声をあげた。
「もって帰ったら、ネコにかまれてぐちゃぐちゃになっちゃう」
「しまっとけばいいじゃないですか」
「前にもあったんだ。引き出物がぐちゃぐちゃにされたって言ってた」
「テラさん、ネコ飼ってたんだ」
「一人暮らしで寂しいんだよ」
肩を落としている水戸に、
「どうして盗まれたって思うんですか」
「いいか。テラさんが大事にしてたもんなんだぞ」
水戸が言いながら詰め寄りってくるので、真太郎はのけぞり気味に、
「それはなんとなくわかりますけど」
「貴重品ってことだ」
「いや貴重品なら、あんなのより、あそこには一点ものの怪人のコスチュームがいっぱいあるじゃないですか。そういうものの方が、あんなぼろぼろの首なし人形なんかよりずっと貴重ですって」
水戸はまたも紅潮して、
「ぼろぼろっていうんじゃないよ。頼むよ。なるべく早く」
水戸は深く下げた頭をあげざまに、
「スペシャルステージ終わるまでになんとか」
「その、期限を切るのやめてもらえませんか」
真太郎は無表情につぶやいた。