第四章 走れミオ! その愛を信じるなら

第41話 落ちこぼれバディ

わるもn

スペシャルステージも折り返しをすぎて、後半戦に突入した。

チケットはとうに完売しているが、関係者席が開放されたことで、わずかに発売される当日券を求める列が朝早くからチケットブースの前に伸びている。

真太郎と未緒は、休憩時間に二人一役をより極めるために、アクションを合わせる稽古をたびたび行うようになっていた。

楽屋の脇にある搬入口の広いスペースに備品のマットを運んで二人は反復練習を続ける。

ドラマ版で未緒が披露していたアクションは、未緒の技量や身体の癖をかんがみてアクション監督が考えてくれたものだ。

そのアクションを未緒がやって見せ、真太郎がショーの中で変身後のアクションに発展形で盛り込めるよう練習を重ねる。

そうして真太郎が体得したアクションを未緒が見て、自分のアクションに応用できるように練習するのだ。

二人の姿は、熱意がこもったものだった。

すくなくとも表面上は。

「もう一度やってみようか」

未緒の熱心さには、あきらかに、バラつきがあった。

集中している時もあれば、気もそぞろの時もある。時には、ちょっと疲れてるんで、と練習自体を拒否する時もあった。

そして今も、談笑しながら表へいく集団を未緒が見ている。

真太郎は未緒の目の動きを追っている。

その集団の中に、武尊がいるのだった。

「え? なに? もう一回?」

真太郎が何か言ったと思って聞き返す未緒に、

「なにも言ってないけど」

真太郎は虚しさを隠しきれない。

「やめようか、もう。これ以上やっても意味ない」

そう言われた未緒は、みるみる厳しい顔になって、

「なに言ってるの。私たち、ほかのバディの人たちよりずっと遅れてるんだよ」

諭すような大人ぶった口ぶりの未緒に真太郎はむきになって、

「だって、未緒、集中してない時あるから」

黙っている未緒に、

「今だってよそ見してたから。こっちやってるのに」

真太郎がかっとなって言うと、

「ごめん」

未緒は素直にうなだれたので、真太郎は何も言えなくなった。

「駄目だね。集中しないと。真太郎には迷惑かけちゃだめだよね。ちゃんとする」

未緒の真摯なまなざしから、真太郎は目をそらさずにいられなかった。

「いいよもう。やめよう」

「やめないよ。もう大丈夫だから、真太郎には関係のないことだから。だからこっちに集中する」

未緒は気を使って言っているつもりだろうが、ぐさりと来た。たまらなかった。

「ちょっと待って。関係ないって何が」

未緒がまた黙ったので、

「騙されてるよ」

無言の未緒に、もう一度、

「未緒は、騙されてるよ」

未緒は黙ったままなので、真太郎はつづけた。

「あの人は、いままでも何度もそうやって、騙して来たんだよ」

いつのまにか不思議そうな顔になっていた未緒が口を開いた。

「真太郎はあの人の何を知ってるの?」

真太郎はその問いを待っていたかのように、

「聞いてないの? 借金取りの話とか、変な女につきまとわれてるんじゃないかとか」

「噂以外の何を知ってるの?」

未緒の言葉が問い詰めるように強くなり、真太郎は慌てて、

「握手会の時なんて、僕は武尊さんと間違われて女の人に殴られてるんだよ。モデルみたいな、背の高い、キレイな女の人だったんだよ。未緒とは全然違うタイプのさ」

その言葉にも、未緒は顔色ひとつ変える様子がない。

「ずっと前じゃない?」

「そんな前じゃないよ」

憤った真太郎を未緒はぴしゃりとさえぎるように、

「わたし、騙されてないよ」

まっすぐ見つめる未緒に、真太郎は言葉をのんだ。

「わたしはあの人に甘い言葉をささやかれたり、調子のいいことを言われたわけじゃないの」

「じゃあ、どうして」

自分がごくりと唾をのむ音を感じながら真太郎は聞いた。

「言葉じゃないの」

真太郎の胸が早鐘のように打ちはじめる。

「手の優しさとか、腕のあったかさとか、そういうものなの。そういうものは嘘をつかないでしょ。そういうものは騙さないでしょ。違う?」

何を言っているのかは分かった。ステージのたびに、未緒は武尊に抱かれて翔んでいる未緒は、その腕の強さを感じているということなのだ。

「すごく優しくて、あったかいの」

そんな話をする未緒の顔を見るのが耐えられず、真太郎は天井を見上げた。

「ステージを降りたら、あんなにぶっきらぼうなのに」



声を聴くだけでも、未緒の焦がれる気持ちがいやというほど伝わってきて、真太郎は耳をふさぎたかった。

「真太郎にはわかって欲しかったから言ったんだよ」

黙っている真太郎を未緒は、わかったものと解釈したらしかった。

「そういうことだから。真太郎には関係ないことだから。ね? 練習続けよう」

――自分ならもっと優しく、もっと力強く未緒を抱きかかえて翔べるのに。

未緒との練習を終えた後も、真太郎はそんなことを考えていた。

いっそのこと、本番直前に武尊を眠らせて、レッドの中身に入ってしまえばいい。

武尊がやっているアクションだって、どうにかこなせないことはない。

少し目減りするとは思うけど。

代わりのピンク役は、小仏さんに大枚はたいてカムバックしてもらえばいい。

そうだ! そうしよう。

早速、武尊を眠らせるための大型動物用の麻酔薬と、小仏さんの口座に億単位のカムバック代を振り込もう。ブラックカードで。

今はピンクだけど。

「お前、気持ち悪いんだよ」

ぎょっとして顔を上げると、巨大な体躯に極小な目をいからせた水戸が口をとがらせて、

「なに廊下でニヤニヤしてるんだよ」

真太郎は表情を戻して、

「テラさんの人形、まだ見つかってませんか」

「それを聞きたいのは俺の方だ」

「すいません」

真太郎が頭を下げようとすると、水戸は不機嫌そうな顔を崩さずに、

「いいよそんなのは」

水戸の興味がすでに別の、水戸にとってもっと切実なものに向いていることに、真太郎はしばらく気づかなかった。

「最近、テラさんと武尊さんおかしくないか」

真太郎が首をかしげると、

「テラさんと武尊さん、楽屋も二人で籠ってるんだ」

「当たり前じゃないですか」

実質的にはテラが一人で使っていた年長組の楽屋に、武尊が入るのは当然のことだ。

「テラさんと武尊さんのウマが合うはずがないんだ」

それは真太郎も同意できた。

「テラさんの楽屋に出入り自由だったのに、武尊の野郎が来てから、朝掃除するとき以外は、入れてくれなくなったんだよ。本番前になると鍵まで閉めてさ。きっと武尊の野郎が閉めてやがるんだ」

いつの間にか水戸は武尊を呼び捨てにしている。

「本番前にテラさんのチャックをあげるのは、ボクの役目だったのっ!」

嫉妬心をむき出しにした水戸は、ほとんど泣き声で、ひときわ悔しそうに大きな身体をゆすって地団駄を踏んだ。

ここにも、武尊に嫉妬心を抱く男がいた。

しばらくして、少し落ち着きを取り戻した水戸は、真太郎を見据えて、

「お前、俺の依頼なに一つ解決できてないじゃないかよ。このへぼ探偵」

すいません、真太郎が表面的に頭を下げると、

「ちょっと手伝え」

ただでさえ大きな顔をぐいと寄せて、真太郎の視野を威圧的な表情で覆いつくすのだった。