第四章 走れミオ! その愛を信じるなら

第43話 怪物のめざめ

わるもn

トップステージの柱の裏に身を潜めて、真太郎が出番を待っている。

今も四番楽屋に取り残してきた水戸が気がかりだ。

スタンバイ前に舞台裏で見かけたエクスレッドも、キャプテンコンゴーもいつも通りに見えた。

水戸は今も、ネプチューン大魔王の中に身をひそめて、楽屋に隠れているのだろうか。

本番前には、セフティメンバーが水戸を探そうとしたが、

「いい。あいつはほっとけ」

磯貝がぞんざいに言い捨て、

「近頃あいつおかしいですもんね」

そんな風にセフティたちが追従したあとは、誰も水戸を探そうとはせず、定刻通りにステージはスタートしたのだった。

終演後握手会で再びステージに出ていく前のわずかな時間に、水戸を助け出すことができるだろうか。

テラと武尊も楽屋に戻るので難しいかもしれない。

だとすれば、救出できるのはかなり時間が経ってからになる。

後先考えずに、言われるままに部屋を出てしまった真太郎は後悔したが、もう後の祭りだった。

「エクスチェンジ!」

春原の声が響いて、エクスレッドが変身する。

レッドを手始めに次々変身していくメンバー。

真太郎の出番がやってきた。

エクスレッドに抱かれた未緒がステージを斜めに上昇し、トップステージに着地する。

未緒を送り届けたエクスレッドは開放された奈落マットに背落ちし、すぐさま立ち上がってダウンステージに再登場する。

未緒が「エクスチェンジ」と叫びながら、ダウンステージをこちらに向かって賭けてきて、柱の陰に入る。

真太郎は飛び出した。

その瞬間も未緒は、真太郎を見ていない。

エクスレッドを目で追ったまま身を隠す未緒の姿を視界の隅に認めながら、真太郎はツブテとのアクションに入った。

エクスレッドの背中が視野に入る。

その前に立ちはだかったツブテの頭部すれすれに、真太郎は渾身の回し蹴りをかませるのだった。

その回のステージが終わった。

廊下で行きかうスタッフの一人に背中を突き出し、チャックを下ろしてもらった武尊が楽屋に戻ってきた。

マスクを外し、背中に力を込めながらチャック金具についた引っぱり用の端切れをつかんで尻のところまで引き下ろし、肩を抜いたところで、背後にドサッと音を聞いて振り返ると、古いコスチュームが吊り下がっている奥から、何かが這い出してきた。



「ふひやあああ」

脱ぎかけのコスチュームは自由が利かず、武尊は叫びながら尻もちをついて後じさった。

うろこに覆われた怪物は、伸ばした手を震わせながら武尊にいざり寄っていったが、すぐに力尽きたのか動かなくなった。

それが昔のショーのキャラクターであることはすぐに判った。

落ち着きを取り戻した武尊は、自分のコスチュームを脱いで、怪物の背中のチャックを下ろし、劣化したウレタンの間に手を突っ込んだ。腸詰のようにはまっていた男の上半身をひっぱりだして、仰向けに横たわらせた。

蒼白な顔の水戸が永遠の眠りから覚めたように目を開けた。

「お前、何してるんだ」

どうやら水戸は声を発することができないようだ。

浅い呼吸を断続的に保ったまま、天井の蛍光灯がまぶしいのか、少し白目をむいて、すぐに瞼を閉じてしまう。

武尊は、水戸がここで何をしていたのかを察した。

「お前、いつからここにいた?」

水戸は寝息のような音を立てて、目を閉じたままだ。

「俺たちの準備を見てたのか」

水戸は何も言わない。

「全部見たのか?」

酸素がいちじるしく欠乏したままの水戸の脳に、武尊の言葉は届いているのだろうか。

うっすらと開いてまた閉じた目は、イエスを意味しているのか。

「俺たちが何をしてたのか全部見たのか」

水戸の目がまた薄くあいて、また閉じた。

「なにをしてるか判ったのか」

水戸の目がうっすら開いてまた閉じた。

「バラしたらどうなるかわかってるのか」

水戸は目を開けない。

「バラしたら、あの人がどうなるかわかってるのか」

その問いにも水戸は目を開けなかった。

その代わりなのか、顎を動かし、大きく息を吸い込んだ。

「黙っていられるだろうな」

水戸はまた薄目をあけて目を閉じた。

「約束できるか」

薄くあいた目は、また音もなく閉じられた。

「お前が黙っていればあの人には迷惑はかからない。口をつぐんでいろ。わかったか」

水戸が大きく白目を剥いた。そして瞼を閉じた。

水戸の〝乱心〟行動は、順調に回を重ねるステージに水を差した。

その日の事故の後の公演は誰もが冴えなく、観客の反応も今一つだった。

重度の酸欠で病院へ運ばれた水戸は、数日間の安静が言い渡された。

千秋楽までに戻るのは難しそうだ。

磯貝が公演後に見舞いに行ったが、意識を取り戻した水戸は、すみませんでしたと小さめに口の中で言ったきり、あとは何を聞いても顔を背けているばかりだった。

「あいつがあんであんなことをしたのか、さっぱりわからない。ただひっかかんのは、発見した時、あいつはコスチュームをしっかり着込んでたんだ。つまりそれって」

そこまで言った武尊は言葉を切ると、身を乗り出して、

「あいつがコスチュームを着こんだあとに、背中のファスナーをあげてやった奴がいる。協力した奴がいるって事だ」

「それを僕に探せと」

「そうじゃねえだろ」

うち消すように武尊は言って、真太郎をするどく見据えた。

武尊に呼び出された搬入口には他に誰もいなかった。

巨大なダクトから吐き出される排気音だけが存在を誇示している。

挑発的な視線から、真太郎は目をそらさないまま、

「レッドの人形」

とつぶやいた。

「なんだ?」

抑えていた武尊の声がうわずった。

真太郎は、感情を殺した、かすれた声で、

「テラさんの鏡の前に置かれていたレッドの人形を、知りませんか」

「お前、何言ってるんだ」

武尊の表情は仮面のように変わらないままだ。

その顔に含んだものは見当たらなかった。

武尊は冷ややかに言った。

「あきらめろ」

目をそらそうとしない真太郎に武尊は、諭すように。

「お前はどんだけ頑張ったって、絶対に、俺に勝てっこねえ」

真太郎は黙っていた。武尊は一層顔を近づけて、

「おとなしくすっこんでろ。勝ち目はねえ」

その口ぶりはステージのアクションだけのことを指していないように真太郎に聞こえた。

真太郎は、強い口調で言った。

「やめてほしいんです」

「はあ? なにをだ」

武尊のあなぼこのような目がうつろに光った。真太郎はその目を直視したまま、

「未緒を振り回すのをやめてほしいんです」

武尊がフッと息を吐いた。

「振り回すってか」

武尊は相好を崩して、

「俺は振り回してなんかいない。あのガキが勝手に俺の周りをぶんぶん飛び回ってるだけだ」

真太郎は奥歯をかみしめた。

「そうだよなあ」

武尊が口をすぼめて、

「お前、あいつに惚れてんだもんな」

からかいまじりの言葉に真太郎の鼓動が早まる。

「惚れちまうのはしょうがない。人間だもん。男だもん。止めようがないよ。うん」

そう言って武尊はこらえきれずに笑い出した。ひとしきり笑ったあとで言った。

「ただよ、ガキでもなついてこられちまったら、やっちまうのはしょうがない。人間だもの」

気づけば真太郎は、唸りながら、とびかかっていた。

が、いとも簡単にかわされてしまった。

よろけたところを足払いされてコンクリートに転がった。

武尊は息も乱れた様子もなく、半笑いで、

「安心しろ。まだやってねえからよ」

ぶちんと何かが切れた真太郎は、わあああと叫んで身体ごとぶち当たろうとするが、いとも簡単に頭を押さえつけられてぶん回された。

両手が空を切っても、武尊にはかすりもしない。

息を切らせたところにすかさず首根っこをつかまれて、隅に置かれたマットの上に一本背負いを決められた。

それでもなお真太郎は、拳を固め、とびかかるような視線を向ける。

相手の心臓を食いちぎらんとでもするような憤怒がぎりぎりと宿った目だ。

殺意さえみなぎるその気迫に、武尊の嘲笑は消え失せた。

ふと目をそらすと、

「ばーか。マジになってるんじゃねえよ」

息も絶えそうなほど血走った目でにらみつける真太郎に、なだめるように、

「冗談に決まってるだろう」

それでも真太郎は睨むのをやめない。

「しつこいんだよ。嘘だって言ってンだろ。あんな小娘、なんとも思っちゃいないって」

やけくそのようにそう言って武尊は、マットにどっかと腰を下ろす。

なおも睨み続けている真太郎に、武尊は矛先を変えようというのか、

「しっかしお前ら。あいつのどこがいいんだ」

その言葉に真太郎は、わずかに落ち着いた血流が逆流するような感覚を覚えた。

え・・・?


――〝お前ら〟って?

ほかに誰か、未緒に特別な気持ちを抱いている者があるとでもいうのか。

「いい年してみっともねえんだよなあ」

頭がどんどん混乱してくる。

「俺もあの人を目指していたころもあったからな。まあ、黙ってるけど」

そんな・・・

――そんなまさか。

「ほんとみっともないんだよなあ。しょんべんくさいガキにウハウハしやがって」

嘘だ。

かぶりをふる真太郎。

「本人に聞いてみな」

もうひっかき回すんじゃないぞ。言い残して武尊は去っていった。

「まさか」

呆然としたままの真太郎がつぶやく。

――テラさんが。

「まさか」