第四章 走れミオ! その愛を信じるなら

第53話 夢幻のステージ

わるもn

ヒーローパルテノンの入り口ゲートには、寒空の下、開場時間から十分以上も待たされて、いらだちを募らせた観客がひしめき合っている。

突然、集団のどこからともなく、悲鳴のような歓声が沸きあがった。

観客の前に素顔のヒーローたちが登場したのだ。

ヒーローたちは笑顔を絶やさず、手を振ったり握手をしたりしながら、お待たせしてすみません! と方々に頭を下げた。

春原が指先までまっすぐに手を挙げて注目を集めてから、五人を代表して口を開いた。

「みなさん! 今日まで超絶戦士エクスチェイサーを応援してくださってありがとうございます。こんなにもたくさんの方々にお越しいただいて、僕たちはすごくうれしく思っています。そして大変お待たせしてしまってごめんなさい」

五人全員が深々と頭を下げたあと、春原が歯切れよく続ける。

「大変お待たせしました。これから開場いたしますので、どうぞ皆さん、どうか慌てないでご入場ください。ついに今日、長かった戦いが千秋楽を迎えることになりますが、僕たちは最後まで精いっぱい戦いぬきます! どうかみなさんで最高の応援をお願いします!」

拍手と歓声を受ける素顔のヒーローたち。不満は拍手と共に吹き飛んで、長い列が渦を巻くように劇場に吸い込まれてゆく。

七百六十五の座席は、期待にあふれて隙間なく埋まっている。

舞台袖から客席の様子をうかがっていた名越が、インカムを通じてスタッフブースに合図を送る。

照明が転換し、ハイテンポのテーマ曲が流れる。

『超絶戦士エクスチェイサー』最後の日のスペシャルステージがはじまった。

素顔のヒーロー五人が、ステージに登場すると拍手が割れんばかりに響く。

五人のやりとりが始まっても、拍手と歓声はなかなか途絶えない。

その興奮がさめやらないうちにツブテたちが現れて、五人に襲いかかった。

奈落のベンチにテラの姿がある。白いアンダーウエアを装着して、エクスレッドのコスチュームに下半身だけを突っ込んで、うずくまるように深く腰を掛け、目を閉じている。

気配に顔をあげると、ピンクのコスチュームに身を包んだ真太郎が立っている。

「テラさん、チャック上げさせてもらっていいですか」

テラは黙って頷いた。

緊張で震えそうになるのを抑えて、左手でテラの背中に手を添える。

ごつい背筋が呼吸で上下する。

ゆっくりと慎重にチャックをあげた。

今度はテラに交代だ、そう顎で指示されるまま後ろを向いて、真太郎がチャックを上げてもらう。

あの時のように。

ジジジ・・・。

途中まで上げられたチャックの音が止まって、背中から声がした。

「お前、前にどうして自分を見込んでくれたのかって聞いたよな」

真太郎は頷いた。

「教えてやるよ。最初に会った時、水戸に正面向けって言われて、お前はこっちにケツ向けてステージの方を向いたんだ。俺はハッとしたよ。そうなんだ。いつだって俺たちの正面はステージだ。お前はそいつがわかってた」

言い終わって、テラは最後までチャックを上げた。

バシン!

と目の覚めるような大きな音で背中をたたかれて、真太郎は背筋を伸ばした。

「もうじきバトル終わります。変身入ります」

名越がインカムを確認しながら小声で告げる。

テラと真太郎は足早に待機場所に向かってゆく。


ステージ上ではツブテと素顔のヒーローたちの闘いが佳境に入っている。

間もなく五人の変身場面になろうとしている。

奈落の蓋を、もう一人のセフティと一緒に開けるのは、小仏だ。

「いくよっ」

「こぼさん、あまり無理せんでください」

そう気遣うセフティに、年寄扱いすんじゃないよと小仏は腕まくりをしてハンドルに力を込める。

「エクスチェンジ!」

春原の叫び声と同時に、変身シーンの映像がステージを覆って、春原がエクスレッドに変身した。テラ扮するエクススレッドがきりもみ回転して名乗りのポーズを決めて叫ぶ。

「エクスレッド!」

続くエクスブルー、エクスイエロー、エクスグリーンの変身に拍手喝采は続く。

ツブテ相手に戦う未緒に向かって、レッドが叫ぶ。

「イズモっ」

駆け寄ったエクスレッドが未緒の腰に手を回した。

瞬間、未緒の中に奇妙な感覚が沸き上がった。

するすると降りてきたワイヤーを頼りにレッドが未緒を抱いて飛翔した。

悲鳴交じりのどよめきが渦巻く。

トップステージに送り届けられた未緒は呆然としていた。

違ってしかるべきのレッドの腕の感覚が、前回までの公演とまったく同じ優しさをはらんでいることに、混乱していた。

――どういうこと。

未緒をトップステージに送り届けたあとのレッドは、奈落に落下したあとダウンステージに登場して闘い続けている。

その姿を呆然と見下ろす未緒。

柱の陰で待機するエクスピンクのコスチューム姿の真太郎は、瞬きも忘れてテラの姿を追う未緒をうかがっている。

周囲の反応に我に返った未緒は、「エクスチェンジ」と叫び、柱の陰で待機する真太郎と入れ替わった。

舞台裏に戻った未緒は、素顔のヒーローたちのアテレコの場所である袖には向かわず、思いつめたような表情で、セフティの一人に、すぐ戻りますと短く告げて、自分の楽屋に走っていった。

キャットウォークでワイヤーを回収していた磯貝は、足場に何か光るものが引っかかっているのを見つけた。異物がステージ上に落ちたら大事故になりかねない。慎重に手を伸ばして、異物を回収する。

「なんだこれは」

それは血のこびりついた小型の果物ナイフのような刃物だった。

ステージでは、テーマ曲『吠えろ超絶エクスチェイサー』と共に戦うエクスレンジャーたちを地鳴りのような歓声が包んでいる。

わき腹に違和感を覚えた磯貝は、ジャンパーの下の自分のアンダーの右わき腹を探った。その手には、うっすらと血がついた。

自分の血ではないことは分かっている。おそらくさっき、レッドのコスチュームを着た時についたものだろう。

ステージ上で側転をするレッドを凝視する。

コスチュームの脇に裂け目のようなものが見える。

磯貝は緊張の面持ちでキャットウォークの鉄階段を駆け下りていった。

同じころ、楽屋から飛び出してきた未緒が何かを持って、他のメンバーたちが声をアテている袖に走っていった。

ダウンステージでツブテと戦う真太郎は、立ち位置を入れ替える瞬間、テラのアクションが目に入った。



テラの動きが乱れている。

肩の上下も激しい。

SEに紛れて、対するツブテに顔を近づけて伝える。

「テラさんがっ・・・」

ツブテは位置をずらしてテラのアクションを目視して、すぐさま囁く。

「段取り通りじゃなくていいから俺を倒せっ。テラさんを助けにいけ」

真太郎はすぐさま手刀をおみまいして、ツブテを叩き伏せ、テラにかけよって、背中合わせになった。

〝ラブ設定〟のピンクとレッドの共闘に、観客からどよめきが起こる。

その騒ぎに紛れて、真太郎はマスクをテラの耳元に近づけ、鋭く囁いた。

「休んでくださいっ」

しかし真太郎の声にテラは応える様子がない。

膝立ちになり、かかってきたツブテを首投げする。

激痛が走ったのか、真太郎のマスク越しにもはっきりとうめき声が聞こえて、テラがよろけた。

「テラさんっ!」

思わず声を出して真太郎はテラの身体を支えた。

ぬるりとした感触でテラのわき腹が滑る。

テラは体勢を立て直せたものの、肩で息をしている。

真太郎は、その感触をたしかめようとするかのように自分の手を見ると、手袋に包まれたピンクの手のひらが赤く濡れている。

顔をあげてテラを凝視する。

さっき支えたコスチュームのわき腹の部分の赤の色が微妙に違っていて、裂け目のようなものも見受けられる。

刺されてる?

昨夜の騒動の中であの女に刺されたということか。

テラはそんなそぶりを全く見せていなかったというのに。

真太郎はテラを見やった。

誰の助けも受けずに闘いを受け入れる、そんな意志がひしひしと伝わってくる。

しかし、その足取りはふらついて、肩の上下もいっそう激しくなっている。

テラさんっ。

テラさんっ。

テラさんっ。

真太郎がほかのツブテたちを振り切って、力いっぱい両腕を振り上げ、そのまま水平にスイングさせた。

このアクションには計算など存在しない、ステージの流れとも一切関係なかった。

エクスピンクが突然はじめた奇妙な動きに、観客はざわめいた。