第四章 走れミオ! その愛を信じるなら

第54話 充填!

わるもn

ブースのスタッフたちも、真太郎の奇妙な動きに怪訝な顔をする。

イノさんもぽかんとした顔で眺めていたが、やがてそれが何を意味しているのか分かって声をあげた。

「なんですか」

「坊やが今やってるのはな、『飛翔隊バードラー』のレッドコンドルのキメポースだ。さっきやってたのは、テラがレッドでデビューした『古代絶隊ジュラゲンジャー』のレッドテラノの名乗りだよ。あの野郎、テラがいままで演じてきたレッドの名乗りの決めをやってやがるんだ」

真太郎は、テラがレッドを演じた最初の作品、『古代絶隊ジュラゲンジャー』のレッドテラノから、最後のレッドを演じた『突破軍団ゴンバット』のバットレッドまでのDVDを見て、その名乗りのポーズをひそかにマスターしていたのだった。

なんでそんなことを。

つぶやくスタッフに、イノさんは知らねえよとばかりに笑い飛ばすと、立ち上がって、

「よーし、坊やに最高のライムライト当ててやれ!」

それは真太郎が今、かろうじてテラに送れるせめてものエールだった。

『古代絶隊ジュラゲンジャー』のレッドテラノ、

『飛翔隊バードラー』レッドコンドル、

『学園警察ブルーポリス』のクリムゾンジョー、

『タスクフォース・レジェンダー』のレッドレジェンド、

『時空海賊ワンダラーズ』のワンダーワン、

『進撃小隊カイゼルスリー』のカイゼルレッド、

『特別連隊ペンタンゲッター』のレッドゲッター、

『海兵編隊シーマスター』シーレッド・・・。

観客たちは次々と懐かしのポーズを決め続けるエクスピンクに、わけもわからず見入っている。

チビッ子たちは昭和テイストあふれるそれらを初めて目にするものの、スマートさよりも泥臭さの方が勝る奇妙な魅力に目を輝かせる。

次々繰り出される名乗りを茫然と見ているテラの脳裏に、様々な光景が蘇ってきた。

二十五歳。郁子と籍を入れて、所帯を持つと同時に手に入れたはじめてのレッド『古代絶対ジュラゲンジャー』。

そこに守るものは何もなかった。

ただひたすらにがむしゃらだった。

『飛翔隊バードラー』では空中戦が多用され、テラは慣れないワイヤーでつられて、必死に撮影をこなした。

激痛はおさまっていた。

足に力が入る。

渾身の力を込めて、テラは大きく飛翔した。

『タスクフォース・レジェンダー』。

アクション監督のこだわりで肉弾戦が増えた。

失神や気絶も絶えなかった。

『時空海賊ワンダラーズ』。

妻の郁子がかけ声をかけてくれて、数人の仲間と一緒に開いたレッド五年目のささやかなパーティ。

シャンパンのコルクが飛んで、マンションの薄い天井板に穴が開いてしまったっけ。

はじけるように飛んで、スピンをするテラ。

いっせいに襲いかかるツブテを回し蹴りで吹っ飛ばす!

『進撃小隊カイゼルスリー』の時、三十歳になった。

まだまだやれる。

そう思った。

まだまだいける!

まだまだいけるぞ!

ツブテたちをひとまとめにしてステージに転がすテラ。

『特別連隊ペンタンゲッター』の放送中に、子供を授かったことが分かった。

はじけすぎて、キャメラマンにフレームに収められないと怒鳴られた。

高い段差を飛び降りるテラ。

痛みは失せていた。

『獣拳道センチュリアン』の時に、美鶴が誕生した。

現場からまっすぐ病院に駆け付けた。

パンチの連打で、ツブテたちをひとりずつノックアウトしてゆく。

やられたツブテが一人ずつ袖にはけてゆく。

『忍術編隊シュリケンジャー』の放送中に、美鶴は三歳になった。

しかし、テラは家に戻らなくなり、別居同然になっていた。

『突破軍団ゴンバット』が、テラが演じた最後のレッドになった。

美鶴は四歳になっていたはずだった。

テラは一人になった。

ツブテを一掃したエクスレッドが、メインステージにたった一人、立ちつくしている。



次に控えているのは、ラスボスであるキャプテンコンゴーの登場だ。

最後のひとりのツブテととっ組み合いながら、エクスレッドは下手の袖にはけていく。

袖でキャプテンのコスチュームを持って待機していたのは磯貝だ。

倒れるように袖に転がり込んだテラを抱えるように受け止めると、わき腹を確認した。止血の処理はしていたらしいが、激しいアクションでコスチュームの裂け目から血が漏れ出ている。

レッドのマスクを外すと、耳元に口を近づけて、

「お前、ケガしてやがったな。なんで刺された? 誰に刺された?」

テラは磯貝の腕にしがみつくようにして囁いた。

「バレたら中止になる」

「当たり前だ」

「このステージだけでも最後までやらせてくれ」

磯貝は何も言わず、他のメンバーがレッドのコスチュームを脱がそうとするのを制して、レッドのコスチュームの上からキャプテンコンゴーのコスチュームを着せてゆく。

未緒が駆け寄ってくる。


テラの焦点の定まらない視点に映りこんだ未緒は、その手の中を見せた。

テラの目が見開かれた。

それは首のないレッドのソフトビニール人形と、お守りにしていた赤い球だ。

未緒は赤い球を示して、

「ネコのおもちゃになってぐちゃぐちゃになってたけど、ずっとお守りにしてた。人形は遊んでるうちに首が取れちゃって、戻そうとしたけど硬くてはめられなかった」

ステージ上では不穏なBGMが響き、再び現れたツブテたちが、四人のヒーローと客席に禍々しい威嚇のポーズを見せている。

未緒はテラに人形の首と胴体を差し出して、言った。

「お父さんが帰ってきたらはめてもらおうねって、お母さんが言ってたから」

テラは震える手で受け取った。

エクスピンク=真太郎はアクションの合間に袖に目をやった。

キャプテンのコスチュームの着こみには予想以上に時間がかかっている様子だ。

ケガも心配だ。何を話しているのかは分からないが、未緒が寄り添っているのが見える。まだまだ時間稼ぎは必要らしい。

真太郎はツブテにつかみかかった。

にらみ合いだけで時間稼ぎをする段取りだったが、ツブテたちもほかのヒーローたちもそれでは済まないと思ったのだろう。

探り合いの取っ組み合いが始まった。

段取りがついていないために洗練はされていないものの、その生々しいリアルな迫力に観客もなぜか引き込まれる。

テラが力を込めて、人形の首を胴体にはめ込んだ。

完全な形になった赤いヒーローを手渡された未緒は、テラをじっと見つめて言った。

「今日だけじゃなくて、ずっとレッドに入っていたんでしょう」


キャプテンコンゴーになったテラは、じっと動かない。

「ずっと、私を抱えて飛んでくれてたんでしょう」

テラの代わりに磯貝が口を開く。

「楽屋にいかつい顔の兄ちゃんがうろうろしてた時あったろ。武尊はそいつらから逃げるために、テラに役を交換してくれって頼んだんだ。そうすりゃ、テラが握手会でレッドをやってる間に、とっとと逃げられる。こんなのバレたらクビだ。知ってたのは俺とイノさんと数人だ。テラは、武尊の自己チューに引きずり回されたんだ」

「違うな」

マスクの中のテラの声が響く。

「困りきってる武尊に、役の交換を持ち掛けたのは俺の方だ。一度交換したら、そのあとなんども俺の方から頼んで役を交換してもらった。あいつは握手会を面倒くさがってたから、よろこんでチェンジしてくれたよ。開演準備がはじまると楽屋を締め切って、俺がエクスレッドを着て、武尊がキャプテンを着た。目撃した水戸はショックだったろう。すまないと思ってる」

テラの呼吸の音が、静かに漏れてくる。

「俺が交換を望んだ理由はひとつだ。ステージでレッドが美鶴を抱いて翔ぶからだ。役の上だけでいい、美鶴に触れたかった。赤ん坊の頃みたいに美鶴を抱いてやりたかった」

未緒は大きく目を見開いて、ただじっと聞いている。

「自己チューなのは武尊じゃなくて、俺だ。死ぬまで〝わるもん〟だとか、偉そうに言ってたくせに、こっそりヒーローの中に入ってやがったんだからな」

コスチュームの中からくくく、と奇妙な音が漏れる。笑っているのか。

キャプテンコンゴーの顔が未緒の方を向いた。

「俺はお前の母さんとお前を捨てて、ヒーローを捨てた」

未緒は首をかしげるようなしぐさをする。

「それを自分の中で正当化するために、ヒーローは二度とやらないとか、わるもんを追求するとかそんなこと言って、俺は逃げたんだ。わるもんを利用してただけだ。〝わるもん〟失格だ。俺は、何にもなれなかった」

未緒が口を開いた。

「これからなればいいの」

テラは俯いた。その言葉は聞こえていたか。

テラは立ち上がった。