第四章 走れミオ! その愛を信じるなら

第55話 ヒーローになる

わるもn

キャプテンコンゴーが足を踏み出した。

その足取りは戻ってきた時よりもずっと確かだ。

磯貝が名越に合図すると、名越が音声ブースに指示を送る。

未緒は祈るようにレッドの人形を胸に抱えて、仲間が待つ袖に戻っていく。

キャプテンの高笑いが場内に響いて、鳴動する山嶺を思わせる怪人が、ステージにゆっくりと現れた。

「俺は最高幹部のキャプテンコンゴー」

キャプテンコンゴーが四人の戦士たちの前に立ちはだかる。

おおきく振りかぶり、いくぞエクスチェイサー! の怒号と共にバトルが始まる。

キャプテンがパンチを繰り出すごとに、

《ガツン!》

《ザシャアァァァ》

《ガキィィィン!》

箕浦の叩くSEが見事に重なっていく。

しばらくはラスボスの登場に盛り上がっていた客席だったが、今度はラスボス登場にもかかわらずエクスレッドが消えたままであることにざわつきはじめる。

ステージ上のメンバーたちもそれを感じて、マスク越しにキャプテンを見るが、キャプテンは荒い息を隠しながら仁王立ちをしているだけだ。

ピンク真太郎も代わりにレッドをやるとは言ったものの、肝心のレッドのスーツはキャプテンのコスチュームの下なのだった。

袖に立った名越と磯貝が、何かを書いた画用紙を掲げた。

真太郎はそれを読んだ。

〈キャプテンつかまえてもどれ〉

真太郎は頷くと、キャプテンに掴みかかってそのまま袖に転がってゆく。

残る三人もキャプテンを追うように、というよりも逃げるように袖に消えた。

客席のざわつきはいっそう激しくなっている。

それに呼応するかのように照明が明るいものに変化して、客席から絶叫が沸き上がった。

春原を除いた素顔のヒーローたちがステージに再登場したのだ。

昨日までのステージでは、素顔のヒーローたちは最初に登場した後は、大団円に再登場するだけだった。

ショー途中の登場という嬉しいハプニングに、観客は一斉に拍手を送った。

「まったくよお。ナオトはどこ行ったんだ?」

ジョー・イッキ=エクスブルー役の麻田海斗が登場しながらあたりを見回す。

ここで交わされるのは、ついさっき、打ち合わせされたばかりのアドリブだ。

舞台袖で、テラはキャプテンのコスチュームを脱いだ。

レッドのスーツのわき腹は、間近で見れば言葉を失うほどべっとりと赤く濡れている。

「テラさん、もうこれ以上は」

「最後までだ。最後までやらせてくれ」

うわごとのように絞り出したテラの顔は、なぜか奇妙な幸福感に満たされていた。

ステージに、ゲン・ナオト役の春原栄進が駆け込んできた。

さらに歓声があがる。

「みんな、大丈夫だったか」

「何それ。勝手にどっかに消えちゃって」

未緒扮するイズモ・ユウキが口をとがらす。

「心配したぞ」

「悪ィ悪ィ。奴らと戦っているうちに、いつの間にか離れちゃってて」

「まだ戦いは終わってない。気をつけるんだ」

「分かってる。・・・でも、いつか戦いは終わる」

「おしまいかァ」

マイト・リョウ=エクスグリーンの松崎悠がメインステージからダウンステージに降りる階段に腰かけた。

客席が静まりかえる。

「戦いが終わったら、みんなどうするつもりなんだ?」

「俺は全国放浪食べ歩きの旅だ」

アイダ・トオル=エクスイエローの岡倉大貴が食いしん坊のキャラクターを守ったセリフを言うので、メンバーはアドリブなのか本気なのかわからない笑い声をあげる。

「いいだろ。一人旅をしてみたい年頃なんだよ」

「こいつキャラだけじゃなくて、ほんとにマジでめっちゃメシ食うんですよ」

客席の方を向いてに麻田が言う。

観客もアドリブめいたやりとりにどっと沸く。

キャラ守りすぎなんだよ、と松崎も乗ってくる。

これで最後という寂しさもあって会話は弾んでいく。

観客もこの予想外のシチュエーションに食い入るように耳を澄ませた。

「いいだろ。それでオーディション受かったんだから」

「戦いの合間にもケータリングをバクバク食ってな」

「腹が減ってはいくさができんって言うだろ。いいんだよ俺の事は。イッキはどうなんだよ。これが終わったら」

麻田は少し考えてから、

「俺は・・・平和な毎日を過ごしたいだけだ」

「たとえばなんだよ。恋愛か? アイドルと恋愛か?」

岡倉が観客に目配せする。

麻田海斗はこの春から、人気女性アイドルが何人も出演する恋愛ドラマに二番手の役どころで出演が決まっている。それを知っている観客から笑いが沸き起こり、声援と拍手が送られる。

「僕は、またバンドに戻るよ」

松崎悠はインディーズ・バンドのボーカルだ。

エクスチェイサー撮影中、バンドは休業状態。

一年の撮影を終えて、松崎の顔が売れたおかげでバンドはメジャーデビューが決まった。

客席から松崎のファンとおぼしき集団がエールを送った。

ナオトは? と松崎がゲン・ナオト役の春原栄進に水を向ける。

「おれは、どうしよっかなあ」

春原が演技とも素ともつかない笑みを浮かべて、

「おれは、ヒーローを続けたいなあ」

はあ? 素っ頓狂な声をあげた岡倉に、春原は素の笑みを向けると、

「ヒーローってのはすごい大変だなって。ほんとにさ、朝はめっちゃ早いし夜はめったくそ遅いし。覚えなきゃいけないこともいっぱいあるし、いろんな人たちに見張られてさ」

「チェーン店の居酒屋だっていけないしな。立ちションもできないんだから」

麻田の言葉に、そうだよ、とばかりに指をさして、

「一年長かったよ。うん。だから、せいせいしてるところもいっぱいあるけどな。でもさ、ヒーローがいてくれたら、それだけで勇気が出たり、元気が出たりする人もいるっていうのもすごく分かったんだ。だからさ、ヒーローって本当のところ、なんなのかよくわかんないけど、そんな感じの気持ちは持ち続けたいなあって」

「相変わらず真面目な奴だなあ」

麻田が笑う。

「俺はバカなんだよ。いろんなことをいっぺんに考えられないんだよ。この一年、ヒーローをやっていくために、すごくいろんな人に支えられてるってのが分かったんだ。だから、ヒーローそのものじゃなくても、ヒーローを支えてやれるような奴になれたらなあって思ってる。そういうのだって立派なヒーロー活動だろ」

清々した様子で未緒に顔を向ける春原。


「未緒は? あ、ちがったごめんなさい。イズモは?」

慌てて手を合わせてぺこぺこ頭を下げた春原の言い間違いに、静まっていた客席がどっと沸いた。

和やかな雰囲気になった場内で、じっと考えていた未緒は口を開く。

「わたしは・・・」

言ったあと、急に照明がまぶしく感じて、目をしばたかせる未緒。

「ちょっと休みたい」

そう言って、声なく頷いてからこう付け加えた。

「家族のところに戻ってさ」

バックステージでエクスレッドの姿でスタンバイしていたテラにも、未緒の言葉は届いた。

コスチュームの中で大きく息を吸いこんだテラは、誰に言うでもなくつぶやいた。

「ラスタチいくぞ」